story3 前髪

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** もう夕焼けも終わったなかを、とぼとぼと歩いていたあの日、いきなりのゲリラ豪雨でずぶ濡れになった公園。閉まっていた店の軒下に入るとそこには先客がいた。  服も髪も、バッグの中までびしょ濡れになりながら、もし泣いても雨だか涙だかわからないなと思ったとたん、先客がいる軒下で遥はもう涙が止められなかった。声を出さずにただ涙を流していた遥に、 「使いますか?」と隣の男性がハンカチを差し出してくれた。 「あっ、いえ」  さっきまで意識していなかった存在を意識してしまったことで、もう泣くことはできなかった。 「ありがとうございます」  そう言って薄暗いなかで見た男性の前髪は、癖っ毛なのかくるんと巻かれていて、毛先からポツンと雫が落ちた。  しばらくすると雨は上がり、すっかり夜になってしまった公園のなかを、とぼとぼと歩く遥は、雨宿りの男性が自分を抜かさずに後ろから付いてきていることに気付いた。  恐ろしい話だが遥の脳内では、もし彼が痴漢だとしても「もうどうでもいいや」という思考があった。三年も付き合った恋人に振られて、雨にも降られて、彼女が捨て鉢な気持ちを持ったことは責めることはできないだろう。  結局、彼は、とぼとぼと歩調を変えない遥の後を、公園の出口まで一定の距離でついてきていた。  公園の出口で遥が振り返ったとき、軽く会釈した彼の前髪がくるんと揺れた。そして二人は反対の方向に進んだのだ。
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