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プロローグ~憂鬱な朝
「あーあ、今日からかぁ」
夏も終わりに近付いた、ある日の朝。
少年は何処か面倒くさそうに溜息をつくと、ノロノロとベッドから起き出した。
ジューネべルクの首都リアドにある宿屋の2階。その階段にほど近い一室が彼の下宿先だった。
窓を開け、朝の光が部屋に入ると周囲がパッと明るくなる。
いつもならこれで気持ちがシャンとして一日頑張ろうと思えるのに、今日に限ってはどうにも気が乗らない。
心なし着替えるペースも遅くなる。
「どうせなら先生が教えてくれれば良いのに、何であの人なんだろう」
あの人とは昨日急に引き会わされた女性魔術師の事だ。
脳裏に昨日の光景が浮かぶ。
無気力。無表情。そして声がやたらと小さい奇怪な女性魔術師は、少年の師であるサミュエル・ロートレックが西域最大の図書館“ヒルデガルド蔵書庫”の案内を頼むと愛想笑い一つせず、こちらをじっと凝視したまま小さく頷いた。
「ネイドルフのお姉さんだって言ってたけど、ホントなのかなぁ」
先にノーグレナで出会った塔の魔術師の1人、ネイドルフは名門の子弟らしく偉そうで、嫌味で鼻持ちならなくて……だが、それを差し引いても素直に賞賛出来るだけの強さを持っていたのだが。
ついでに表情も良く変わる。
鼻で笑われたり睨まれたりした記憶の方が鮮明だが、勝気な笑顔も確かに見た。
黙っていれば似ていると言えなくもないが、昨日一日見た限り、とてもではないが姉弟だとは……俄かには信じ難い。
「はあ~」
子供とは思えぬオッサン臭い溜息をついて彼ーータハト・クィンツは衣服を整える。
筆記用具とメモ帳、何かあった時の為に小銭を少々入れた財布を肩掛けカバンに入れると準備が終わってしまった。
ふと視線を巡らせテーブルの上を見る。
そこには師・サミュエルに「これからは必要になるだろうから」と渡された時計が置かれていた。
師からは現地ーーヒルデガルド蔵書庫の入口で落ち合う様にと言われている。
時刻は8時半。
開館時間は9時で、宿から蔵書庫までは徒歩30分ほどなので出発するに丁度良い時間だろう。
「……。行くかぁ」
正直あの女性は苦手なタイプの手合いだ。とは言え、初っ端から遅刻したり態度が悪ければ師の迷惑になるだろう。
それだけは避けたい所である。
タハト少年は重い身体を引き摺る様にして宿を出た。
空は快晴。
雲一つない青空が広がっている。
「何事もなきゃいいけど」
小さく呟くと、タハト少年はえっちらおっちら出掛けて行った。
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