とある旅館での怪

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 これは友人のHくんから聞いた話である。  彼は寺社巡りが趣味という、少々変わった男だ。学生時代からそんな感じで、旅行に行けば流行の観光スポットよりも、神社や寺に目を輝かせた。  修学旅行もみんなが興味なさげに境内を歩いている中、Hくんだけは熱心に解説のプレートを読んだり、ガイドさんの話を聞いたりしていた。  観光地化された賑やかなところよりも、住宅街や山の中に忘れられたようにポツンとある寺社の方をHくんは好んだ。  お土産屋もなければ案内板もない寂れた寺社のどこがいいのか、と訊ねたことがある。すると、Hくんは分かってないなあ、と言った。 「その寂れた感じが良いのじゃないか」 ーーあと、こっちの方が何かと逢えそうだろ。  そうHくんは笑った。  昨年の夏のことである。  Hくんは例によって神社巡りをすることにした。今回は夏季休暇をとり、泊まりがけの遠出だった。  何でも数年に一度公開されるという、何とかという仏像が目当てだったらしい。その仏像以外にも見て回るつもりで、周辺の寺社を調べて厳選していった。  その他こもごもとした準備も全て完了し、出発の日が目前となったところで、あることに気付く。そして、にわかに青ざめた。  宿泊先のことをすっかり失念していたのだ。  慌てて空きのあるホテルを探したものの、時期はちょうど夏休みの真っ最中。当然、予約など取れるはずもない。  けど、Hくんは諦めずにあちこち探し回った。そして、苦労の末やっと一軒の旅館に辿り着いたのである。
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