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初めはその旅館も満室だと言っていた。
「どんな部屋でもいいんです」
そう、Hくんが食い下がらないと、じゃあ……と言って受けてくれたのだという。
ほっと安心したのもつかの間。いったいどんな部屋を当てがわれるのだろう、と不安になる。
とんでもなくオンボロな部屋か、ひょっとして何かが出たりするのか。
気がかりではあったけど、他に宿を取れそうもないので、強いて考えないようにした。
そして、待ちに待った出発日。
訪れた旅館は予想を裏切って、こじんまりとしたごく普通の旅館だった。木造二階建ての昔ながらの宿といった趣で、宿泊客もそこそこいて賑やかだ。怪談的なおどろおどろしい雰囲気とは程遠く、自分の思い過ごしかとHくんは胸を撫で下ろす。
案内をしてくれた仲居さんも感じの良い人だった。
予想外の穴場と巡り合えたなあ。
ホクホクしながら通された部屋に入った瞬間、思わずえっと声がもれてしまう。
Hくんの部屋は、ひどく古いわけでも汚れているわけでもない。間取りも畳の和室があり、その先に庭へ面した板張りの窓辺がある、ごく一般的なものだ。壁にお札もなければ、盛り塩も置いていない。だが、唯一おかしな点があった。
夏の澄んだ青空が覗く窓辺の手前。品の良いシーツと枕が置いてあるそれは、どう見てもベッドだった。
「和室にベッド?」
普通の家なら、まあ、あることだ。Hくんの子供の頃の自室も、畳の上にベッドだった。けれど、これは一般家庭での話しで、旅館の和室にあるのは違和感を抱く。
Hくんは首を傾げながらもさして気にせずに、大きい荷物だけ置くとさっそく仏像を見に出かけた。
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