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観光中はベッドのことなどすっかり忘れ、存分に満喫した。写真も撮ってパンフレットももらい、満ち足りた疲労感に浸りながら部屋に戻るとベッドが目に入る。
そして、そういえばと思い出したのである。
どうして和室にわざわざベッドなど置いているのだろう。
ひょっとして、とHくんは推測する。外国人観光客のためか? 馴染みのない敷き布団では休めないだろう、という旅館の配慮なのだ。洋室に改装することは難しいから、せめてベッドを設えたと考えれば納得である。
合点がいってスッキリとしたHくんは、汗を流すため風呂へ行くことにした。その後は食事をとり、売店で買ってきたビールと肴をつまみながら、部屋でのんびりと庭の景色を楽しむ。
そのうち睡魔が襲ってきて船を漕ぎはじめた。
ベッドにいかなきゃなあ。
分かっていてもそれすら億劫で、ちょっとだけと言い訳して畳にゴロンと寝っ転がった。いぐさの香りが鼻をついて、さらに気持ち良くなる。
開けている窓からは夜風が流れてきて、酒で火照った頬を撫でた。降りてくる目蓋に抗えず、そのままHくんは夢の中へ旅立った。
微睡から引き戻されたのは、何かの音を聞いたからだ。思考が働かない頭で、はて何を聞いたのだろうと不思議に思う。
それは、微かな音だった。
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