千里眼イルマ

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千里眼イルマ

 そうして俺は今、魔界の地を踏んでいる。  もうここに来るのにそれほど苦ではないし、こうも頻繁に足を運んでいれば感慨に耽る事も無いなぁ……。来る時はあれだけ苦労したのにな。  あの後通信石で魔王リリアと話をし、直接会って彼女と打ち合わせる事となった。  それ程に、彼女にとっては重要な内容だったんだろうな。  もっともそれは、俺も理解出来る事だったんだが。  本当だったら、魔界の魔王城に行くまで……いや、リリアの元へ行くまでに歩く必要なんてない。  闇の聖霊ヴィス様の用意してくれた「精霊の羽根」と、魔王リリアが用立ててくれた「魔王城のネックレス」のお陰で、人界より魔界に来てからの移動は本当に一瞬だ。  うぅ―――ん……便利だな。  それでも俺は、今回はすぐにそれを使う事無く今はテクテクと歩いている。  この魔界では普通に街道を歩いていても、人界では中々お目に掛かれない程強い魔物が襲ってくる。  それを考えれば、本来ならばとっとと魔王城まで飛んじまうのが得策なんだが。 『先生、聞いてますか?』  俺がすぐにリリアの元へ赴かない理由は、正にこの為だった。 「ああ、聞いてるよ。それで……『シュロス城』の攻略は上手くいってるのか?」  俺が話している相手は、当然の事ながら魔王リリアではない。今の俺の通信相手は。 『はい……。……余り上手くいっていません。元々クリークたちはアンデッドとの闘いが苦手……と言うよりも好きではないようで……。それにその……前回の事が引っ掛かっているみたいで、動きにも精彩が感じられませんでした……』 「そうか……。何と言ってもイルマ、お前がやられかけたんだからな。あいつらもナーバスになって当然か……」  俺が面倒を見ている新人冒険者、クリーク、ソルシエ、ダレン、イルマ。  そして今やそのまとめ役となっているイルマに、俺は近況報告を受けていたんだ。  俺がイルマに答えると、彼女も何といって良いのか分からずに黙り込んでしまった。  もしかして……またやっちまったかな?  出来るだけ言葉を選んで、オブラートに包んで話しているつもりなんだけどなぁ……。  この年頃の奴らは、どこに地雷が潜んでいるのか分かりゃしない。 「でもな、こればっかりはお前たちが自分たちの力で乗り越えるしかない。何かの失態で仲間が危機に陥った事をイチイチ引き摺ってちゃあ、一向に先へ進めないぞ?」 『それは……分かってるんですが……。シュロス城に入った途端に、みんな神経質になってしまって……。みんな、私への攻撃にも過敏になっている様なんです』  先日クリークたちは、俺の出した条件をクリアしてシュロス城へと向かった。  でもその条件達成には裏があって、結局シュロス城での戦いで彼らは苦戦する羽目に陥ったんだ。  それだけなら今のあいつらならなんとか出来たんだろうが、そこに現れたヴァンパイアの希少種「ブラッド・サッカー」に後れを取り、危うくイルマが命を落とすところだったんだ。  当事者であるイルマの内心はともかく、彼女はもう随分と立ち直っているのだが、他の3人が精彩を欠いているみたいなんだ。  あれから彼らも順調にレベルが上がっている。  クリークはLv15、イルマとソルシエがLv16、ダレンが最も高くてLv17。  シュロス城を攻略するのに、このレベルなら申し分ない。 「パーティレベル」を考えても、そう簡単に苦戦をするとは考えにくいだろう。  それでもクリークたちは、シュロス城を未だに攻略出来ずにいるんだ。  心の問題と言うのは、外野がどうこうと言っても意味がない。  何せ、理屈では分かっていても心が……身体が言う事を聞かないんだからな。 「カギは……『ブラッド・サッカー』かも知れないな……」 『えっ!? せ……先生、それは……!?』  俺が呟いた言葉に、イルマも強く反応している。  それは恐怖からと言うよりも、今のクリークたちには禁句だと彼女が思っている証左でもあった。 「苦手意識は、克服するしかない。そしてその原因は『ブラッド・サッカー』なんだ。そいつを倒すことが出来て、初めて1歩進む事が出来るのかもなぁ」  俺の言っているのは荒療治……ショック療法ってやつだな。  これは危ない賭けでもあるんだが、冒険者なら多少の危険は覚悟の上だろう。  いずれはトラウマも消えて先に進める様にもなるんだろうが、それもこの調子じゃあいつになるやら……。  それに、この先にもヴァンパイアの眷属はいくらでも出てくる。避けて通る訳にもいかないだろ。 『でも……私は不安です。何かあった時に、この間の様に先生が間に合ってくれれば良いですけれど……もしも間に合わなければ……』  イルマの言わんとしている事は分かるが、根本的に間違ってるんだよなぁ……。  俺がいつでも、いつまでも面倒を見ているようじゃあ、一向に一人前になれない事ぐらい聡明な彼女なら分かっているだろうに。 「お前たちは、いつまで俺に面倒を見させるつもりなんだ? それほど向上心も無くなっちまったんなら、俺は金輪際お前たちの指導をしないと考えているんだが?」  だからそれを思い起こさせる為に、俺は少し声音を変えて冷たく嫌らしい物言いを彼女へしたんだ。  実際に問題なのはクリークやソルシエ、ダレンの方であり、イルマには何の落ち度も無いんだけど、今会話しているのは彼女だからな。  ここは連絡役のイルマに嫌な思いをしてもらおう……なんて考えていたんだけど。 『……はぁ。……先生』  何やら盛大に溜息を吐かれてしまった。  それにこれは何やら……呆れられているのか?  これだけ深刻な話をしているってのに、その相手のイルマが呆れるっていう状況が理解出来ないんだが……。 『……もしかして、分かっていて言ってますか?』  そして更に、何やら謎かけまでされてしまった。  うぅん……おかしいな? 俺はイルマに、真面目な話をしていた筈なんだがなぁ……。  彼女が何を言いたいのか本気で分からない俺に、十分時間を取った彼女が静かに口を開いた。 『いいですか、先生。もしも私たちが危機に陥って連絡をすると、先生はどうされますか?』  諦念を感じさせる口調のイルマに問われて、俺は暫し考えてみた。  前回も、魔王リリアとの会見中にソルシエから連絡があり俺は……大至急彼らの元へ向かったんだっけ。 『先生は、私たちの危機に必ず駆けつけてくれます。もしも連絡しないで私たちの内の誰かが傷を追ったり……死んでしまったら、多分先生は何故呼ばなかったのかとおっしゃるでしょう。そして、ご自分を責めるはずです。私は、そちらの方を気に掛けているのです』  う……。十分に考えられる……。  つまりイルマが言いたいのは、少なくとも彼女の前では無理に威厳を見せ、出来ない事を言ってもしょうがないと言う事か。  とほほ……。これじゃあ、威厳も何もあったもんじゃあないな。  なるほど、さっきの間に合わなければ……は、俺が間に合わなくって誰かが犠牲になる事が問題なんじゃあなく、間に合わなかった自責の念に囚われる俺の事を心配してくれていたんだなぁ……。  さすがはイルマ、優しくて良い子なんだが、こんな年下の少女に心配される俺って一体……。  でもこの会話で、どうやら解決策も見出せそうだ。 「……はぁ。分かったよ、イルマ。俺の負けだ。……クリークたちにはこう伝えてくれ。『何かあれば俺がすぐに駆けつけるから、思う通りに戦え』……ってな。でも勿論、無鉄砲に突っ込めって訳じゃあ無いぞ」  最後に注釈を付けはしたが、そんな事はイルマも言われるまでもなく分かっているだろう。 『はい、分かりました。私の方で、上手く言っておきますね。その上で、危険な場合はすぐに先生に連絡出来る様に気を付けておきます』  通信石の向こうでは、イルマがクスっと笑っている顔が思い浮かべられた。  でもそれで、俺も何だか肩の荷が下りてるんだからまぁ……不思議なもんだ。  何だかこの会話自体が彼女に誘導されているとも思えなくはないが、それでも俺もすっきりするし、クリークたちも心強く感じこれからの行動が前向きになるんなら言う事なしだな。 「……しかし、イルマも狡くなったな。……僧侶なのに」  もっとも、何だかやられっぱなしと言うのも納得出来なかった俺は、少し意地悪な言い方をしたんだが。 『ふふふ。先生の考えている事は、最近は随分と分かるようになりましたからね。それに、こういう事に僧侶とか勇者なんて関係ありませんよ』  それさえも、見事に切り返されて一本負けを喫していたんだ。  たぶん俺は、イルマには絶対に勝てないだろうなぁ……。 「分かった、わぁかったよ。……ったく、イルマには一生頭が上がらないかもなぁ」 『いっ……!?』  大きくため息をつきながら、俺は白旗を上げた旨を彼女へと伝えたんだが、何故だかイルマは息を吐いて絶句してしまったんだ。  また綺麗に切り返されると思ったんだけどなぁ……? 「おい……? イルマ……? どうした?」  俺が怪訝な声で問い掛けるも。 『も……もう魔力が尽きてしまいそうですので、こ……これで切ります! それ……それでは、失礼します!』  何だか一方的に捲くし立てて、彼女は通信石を切ってしまっていた。  んん……? 一体、何だってんだ?  俺は疑問に頭を捻りつつ、今度は魔王城へと向かったんだ。
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