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邪魔者、襲来
世間知らずな姫と、それに振り回される武骨な騎士……。傍から見れば、きっとそんな感じだろうなぁ。
こんな場所でこんな華やかな格好をし、満面の笑みで歩く魔王リリアは、控えめに言っても能天気だと思われるだろうか。
勿論、その実力は折り紙付きだし、この山で彼女に敵う魔物がいるとは考えにくいけどな。
それでもやはり、場違い感が半端ないってのが感想だ。
そしてそんな彼女に追従する俺は、姫の我儘に突き合わされて毎度苦労している護衛ってところか。
「じ……実は、私は男性とこうやって2人だけで屋外を歩くのはその……初めてなのだ」
鼻歌交じりに気分よく歩いていた魔王リリアは、フッとこちらへ振り返ると俺に向けてそんな事を言いだした。
その頬はピンクに染まり、今の衣装も相まって本当に可憐なお嬢様にしか見えない。
「そ……そうなんだ」
そして俺の方はと言えば、彼女の言葉に問い返すくらいしか出来ないでいた。
って言うか、俺だって改めて女性と二人で歩くなんて初めての事なんだ。
何か気の利いた事を言うなんて高等技、出来る訳ないだろ!?
「そうなのだ……」
ポツリとそう答えるリリアはどこか嬉しそうな、それでいて照れているみたいな空気を醸し出している。
うう―――……。会話が続かないぃ……。
何かに向けて真剣に話し合っている時はそんな事も意識しないが、ただ2人で歩いている時の話題の振り方なんて、俺は誰からも習わなかったし経験もした事が無いからなぁ。
もっともよく考えなくても、ここは街の公園でも景色の良い野山でもない。
こう言った雰囲気が適切かどうかと言えば、多分そんな事は無いだろうなぁ。
ああ……こんな時には、魔物の1匹でも出てきてくれれば随分とましなんだが……。
なんて事を考えていたら。
「……!?」
「勇者……! 気付いているな?」
殆ど同時に、俺とリリアはその気配を察して気を引き締めていた。
如何に和んでいるとはいえ、周囲に気を配る事を疎かにする様な俺たちじゃあない。
「ゴワアァァッ!」
そいつは巨大な岩陰から、一気に飛び出して俺たちに襲い掛かって来たんだ!
気配の正体……そいつは!
「こいつは、デビルコンガだ! 多分他にも潜んでいるぞ、気を付けろ!」
巨大なサルみたいな化け物だったんだ!
サル……と言っても、その体躯は俺たちの何倍もあるし、凶暴な顔には2本の鋭い牙が、指にも鋭利な爪が生えている! 明らかに獰猛な魔獣だと知れた!
人界ではもちろん、魔界でも俺はこいつを見るのが初めてだった。
「……分かった!」
でもこいつの風貌とリリアの一言で、大体の事は分かった!
個体としての強さは分からないけど、こいつらが集団で行動し狩りをすると言う事がな!
俺とリリアは、殆ど同時に抜剣して迫りくる巨猿の襲来に備えた!
そして、互いに目を見合わせてどの様な対応を取るのか示し合わせたんだ。
俺たちくらいの力量を持てば、目を見るだけで相手が何を考えているのかを知る事が出来る。
そして先陣を切ったのは……リリアだった!
「はぁっ!」
スラリと抜き放った細剣を、リリアは目にも止まらぬ速さで繰り出した!
レベルもカンストしようかって俺の眼を以ても、その剣筋は軌跡を追うだけで精一杯だ!
なんて剣技だよ!
「ゴバアッ!」
両手を切断され無数の刀創を負ったデビルコンガは、飛び掛かって来たまま着地する事も無くそのまま地に落ちて絶命した。
普段とは違う武器を使っても、この程度の相手はあっさりと一蹴しちまうんだから流石だな。
……っと、感心している場合じゃあなかった。
「ゴワァッ!」「ギャワッ!」「ガウッ!」
今度は、3匹同時に襲い掛かって来たんだ!
先にリリアから集団で襲って来る事を示唆されていたからな。こういう展開も織り込み済みだ。
「……雷光剣よ、その力を示せ! ……『電雷雨』!」
すかさず俺は、手にした魔剣「雷光剣」の特殊攻撃で巨猿たちを迎撃したんだ!
一瞬で出現した暗雲から無数の雷撃が降り注ぎ、3匹の大猿はあっという間に消し炭と化した。
魔剣の持つ特殊攻撃を実行する為には、本当だったらそれなりの時間が必要となる。
でも既に高いレベルと魔力を持つ俺ならば、これくらいの攻撃に要する時間なんてほんの僅かだ。
後続を出鼻で仕留めたけど、これでこいつらの攻撃が済むんなら何の問題も無い。
「まだまだ来るぞ!」
俺の考えを裏付ける様に、リリアが更に注意を喚起する声を上げた。
煙を吐き動かない3匹の猿の骸……その向こう側からは、10匹以上のデビルコンガの姿が確認出来た。
しかもそいつらは、一斉に攻撃を仕掛けてくる気満々だ!
「……光の世に顕現せよ。光輝を飲み込み我が物とし、闇爪の傷跡を深く残せ。……暗蝕指拘縛」
それに対して今度は、リリアが魔法で迎撃を開始した。
でも、この魔法は俺が耳にした事のないものだ!
一体……その効果は!?
「グッ!」「ゴバッ!」「ギュブッ!」
なんて考えていたら、その魔法の効果は即座に発揮されていた。
黒い靄みたいなものが突然出現したと思ったら、迫りくるデビルコンガ数体を捕縛し動きを止めてしまったんだ!
それだけなら、強固な拘束魔法だと思う事が出来ただろうが。
「おいおい……マジかよ」
その黒い靄は巨猿の身体を蝕むように侵し、その部分を消失させていた!
動きを止めると共に、その拘束部分を侵食させて失わせ……敵を葬る。……なんてぇ魔法だ。
リリアの魔法に捕まった数体は首が取れ胴体が切断され、はたまた手足が身体から離れて地面を転がっていた。殺傷力が半端いな。
それでも、それにいつまでも見入っている訳にはいかない。敵はまだまだやって来るんだからな。
「ゴワッ!」
集団の中の1匹が、突然口から炎を吐き出し吹きかけて来た!
こいつら、ブレスも吐きやがるのか!
……しかも!
「ブホッ!」「ゴウッ!」
使うブレスは、個体に依て違うんみたいだ!
奥のやつは冷風を、手前の奴は稲妻のブレスで攻撃して来た!
……でも、こいつら?
よく見ると、紫色の体毛をしている巨猿の中に、首周りだけ色の違う毛が生えている奴がいるな。
しかもその色は、使うブレスを象徴している様だ。
一見すると気付かないだろうけど、俺たちみたいに戦闘慣れしていればすぐにその違いを見つけちまう。
……しかし、それはちょっと安直だろう?
「魔法の盾よ! 事象からなる攻撃より我らを守り給え!」
その攻撃に対して俺は、リリアを庇う位置で魔法の盾を前面に掲げて魔力を注ぎ込んだんだ!
この魔法の盾の防御力なら、様々な属性の攻撃も防いでくれる!
「……ふっ、勇者よ。私はこの程度でやられたりはせぬぞ」
俺がリリアを守る様な位置取りをした事に、彼女がそんな言葉を掛けて来た。
俺たちとデビルコンガのレベル差はかなり開きがある。
如何に軽装の彼女であっても、多少の攻撃で深刻なダメージを追うなんてまず考えられない。
でも、俺はそこを気遣って彼女を守った訳じゃあ無いんだ。
「お前なら、こんな攻撃でダメージなんて受けないだろうさ。受けても回復魔法ですぐに治るだろうし、もしかすると躱す事も出来たかもな」
「……ではなぜ、私を守る様な行動を取る?」
俺の真意を測り兼ねたリリアが、疑問を顔に浮かべて問い直してきた。
そんな表情も可愛いな、おい。
「お前は平気だろうけど、その服はそうはいかないだろう? お前が耐えれてもボロボロになるかも知れないし、もしかすると破けたり焦げたりするんじゃないか?」
3匹の猿共の攻撃を受けながら、俺は考えていた事を彼女に伝えた。
俺たちクラスなら早々死にはしないだろうし、俺の格好ならば多少攻撃を受けて汚れても問題ない。
でも今のリリアの格好では、少し攻撃を受けただけでその服は台無しになっちまうだろう。
見た感じお気に入りっぽいし、ダメにしてしまうのは何とも気が引けたんだ。
「そ……そうか。……アリガト」
何やら小さくゴニョゴニョと口にするリリアだけど、轟音やら何やらで一向に耳に入らない!
「ああ? 何だって?」
俺が問い返しても。
「い……いや。そ……それよりも、一気に殲滅するぞ!」
顔を赤くしたリリアは、デビルコンガのブレス攻撃が止むと同時に防御壁より飛び出して、群れの方へと向かって行った。
「……ったく。無理をすんなよ」
俺はそんな後ろ姿に嘆息しながら、追いかける様に駆け出したんだ。
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