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魔王の策略
色々とアクシデントがあったけど、巨猿の群れを退けた俺たちは再び山頂を目指して歩き出した。
ここに来た目的は、山頂にて聖霊ヴィス様に会う事なんだからそれは当然の事だろう。
……でも。
何なんだ、この何とも言えない雰囲気は!?
さっきから、俺の手を引き前を行く魔王リリアは無言だ。
黙々と進んでいるんだが、その顔は妙に赤くなっている。
そりゃあ……当然かもしれない。
なんせ偶然とはいえ、俺は彼女のスカートの中を見た事になっちまったからなぁ……。
俺としてはラッキーかもしれないが、彼女にとっては恥ずかしい事この上ないだろう。
だけど俺だって、こんな経験が豊富かと言われれば……皆無だ!
だから、どうすれば良いかなんて俺には……分からないんだぁ!
「……初めてだったのだ」
しばらく進むと、漸くリリアが口を開いてくれた。
前を向きこちらの方を見てくれないからその表情は分からないけど、その声量は小さく声音は……やっぱり照れているっぽい。
しかし……何が初めてだったんだ?
「……何がだ?」
分からない事は、聞かない事には分からない。
彼女の言わんとする事を察せられる様な経験を、俺はこれまでにした事が無いからなぁ。
戦闘の事なら、少しは自慢出来るほどに持っていると言えるんだけど。
「……もらったのが」
「……え?」
理由を語るリリアの声は、さっきよりも更に小さくて聞き取れない。
だから、俺がもう一度反問すると。
「誰かに助けてもらったのは、初めての事だったんだ」
立ち止まり振り返って答えた彼女の表情は、真っ赤に照れているんだけどとても嬉しそうだったんだ。
うっわ……ヤバいぞ、これは! 凄く可愛いじゃないか!
そんな彼女に見つめられて、俺の方も照れてしまった!
言うまでもなく、顔が赤くなっているのが自分でも分かる。
でも考えてみれば、これほどに強い彼女ならばそれも当然だろう。
でも……変だな? 最初からリリアもこれ程に強かった訳じゃあ無いだろう。
それなりに力はあっただろうけど、それでも戦闘技術やら熟練度なんかは実戦を経験しないと身に付かない。
そしてそれらを得る為に戦いを続ければ、時には危機に陥った筈だ。
と言う事は彼女は……これまでたった一人で戦い続けて来たって事なのか!?
「……そうだったのか」
それを、今の彼女に問い質す事なんて出来ない。
俺の考えが合っていても間違っていようが、きっと余り面白くない話になるだろうからな。
「ああ……。だから、さっきは何だか新鮮で……少し恥ずかしかったんだ」
それでも今のリリアの顔を見れば、本当に喜んでいるようだ。
今の彼女が助けられる状況なんて、早々ある訳がないもんな。
「……そうか」
そんな彼女に対して、俺は気の利いた言葉なんて何も掛けてやる事なんて出来なかった。
と言うか、今この場で彼女と相対していること自体、本当だったら逃げ出したいくらい恥ずかしい状況だ。
「そうなのだ。だからその……さっきはありがとう」
俺のそんな雰囲気を察してくれたのか、はたまたリリアの方も同じ心境だったのか。
兎に角彼女はそれだけを言うと、クルリと向きを変えて再び歩き出した。
繋いだ手はずっとそのままで、放そうとする素振りさえ……なかった。
そこからは、俺たちは決して油断することなく山を登って行った。
定期的に、そして交互に気配を発散していたお陰で、魔物も襲っては来なかった。
元々、圧倒的にレベル差があるんだ。
俺たちの気を感じて、それでも襲って来ようって野生の魔物がいる筈もないもんな。
だから俺たちは、それほど時間を掛けずに山頂へ辿り着く事が出来たんだ。
山頂付近は、ちょうど山の先端を綺麗に切り落としたみたいに平地となっていた。
そしてその中央には拳大の石が綺麗に並んで小さな円を描いており、その内側には複雑な魔法陣が記されていて、その中心に小さな社が建っていた。
この魔界全域を見守っている聖霊様の祠にしては、随分とこじんまりとしているなぁ……。
まぁ、あの奥ゆかしく引っ込み思案な聖霊様なんだ。あまり華美なのも苦手なんだろう。
「……それでは、聖霊様をお呼びするぞ」
「……ああ」
リリアの確認する声に、俺は緊張感をもって答えていた。
魔界広しといえども、あの聖霊様を呼び出す事の出来る者などそうはいない。
そして魔王リリアならば、その人物として不足はないだろう。
それに聖霊様を招来するには、何やら大仰な儀式やら呪文やら祝詞やら……とにかくリリアの話では、彼女にしか知り得ない儀礼が必要って事だ。
それが今から始まるんだ。
俺は初めて見るだろう聖霊様を呼び出す瞬間に、思わず息も忘れて見入っていたんだが。
「……聖霊様、私です。顔を見せ下さい」
「……はい」
「……んん?」
俺はまた、さも大掛かりな魔法を使っての召喚の義を連想していたんだが、それは見事に裏切られていた。
特に捻った様子もなく、社に向かって彼女が普通に話しかけると、聖霊様はやっぱり恥ずかしそうに……おずおずと言った雰囲気で光の中から滲み出て来たんだ。
現れた聖霊ヴィス様は、その性格とは対照的にやっぱり煽情的な衣装で、それでも少ない生地から見えている部分を俺の視線から何とか隠すように身を捩って立っていた。……いや、浮いていた。
でもまぁ、今の問題はそこじゃあない。
「……リリア?」
俺の低く、そして探るようにくぐもった小声を聞いて、リリアの肩がビクリと小さく跳ねる。
「確かお前……聖霊様に会うには、秘匿された儀式が必要……とか言ってなかったか?」
「あ……う……。えぇっと……」
俺が静かに問い詰めると、彼女は面白いように狼狽し言葉に困っていた。
あたふたとし続けるリリアを見るのもそれはそれで楽しいものなんだが、今はそれどころじゃあないな。
「……ヴィス様」
「ひゃ……ひゃい!」
慌てふためく彼女はひとまず置いておいて、俺はその矛先を聖霊様へと向けた。
相変わらず彼女は恥ずかしがり屋全開みたいで、突如投げつけられた問い掛けに口を縺れさせて動揺していた。
「リリアの話では、聖霊様をお呼び立てするには特別な儀式が必要との事でしたが……」
半眼にした目を聖霊ヴィス様へと向けると、何故だか彼女はその視線から身体を隠すように、更に体を縮こまらせて小さくなっっていた。
前から思っていたんだが、俺の睨めつける様な視線ってのは女性にとっては身の危険を感じる程のものなのか?
なんで? 俺、勇者なのに?
……それは兎も角として、俺にきつい視線を向けられたヴィス様は、それでも何とか口を開き説明を始めてくれた。
「い……いいえ。わ……わたくしはこの場で呼び出されれば、どなたの召喚にも応じます」
「……そうなのですか?」
「……はい。こ……この場所は魔界の住人でさえ訪れる事は困難です。そ……そんな場所にわざわざやって来られた方なのですから、お応えしなければ失礼に値するかと……」
顔を火照らせて、聖霊ヴィス様は俺に話聞かせてくれた。
いやぁ……。ほんっと、ヴィス様はなんて素敵な聖霊様なんだろう。
確かに、今回ここに来たのは俺と魔王リリア……自分で言うのもなんだが、人界魔界で最強の2人が揃ってやって来たんだ。
魔物の方が怯えて寄って来なくてもおかしな話じゃないだろう。
でも俺たち以外の者が来たならば、多くの凶悪な魔獣に襲われただろうな。
それを考えれば、ここに来ると言うだけでも聖霊様に会う為の試練を達成したと言えなくもない。
……ただ。
「……リリア?」
聖霊ヴィス様の心根の優しさに、荒んでいた心を洗い流されている場合じゃあない。
俺は聖霊ヴィス様に向けていた視線を、再びリリアへと向けたんだ。
その言葉と共に、今度は彼女の身体が全体的にビクッと跳ね上がった。
「なんだか聞いていた話と違う気がするのは、俺の気のせいか?」
そして俺は、改めて彼女へ確認の質問を口にした。
別に意識してそうした訳じゃあ無いんだが、どうやら俺の声は更に低くなり、どこか彼女を詰問しているみたいな口調になっちまっていたらしい。
「そ……そんなことは無いぞ。まぁ……確かに、聖霊様をお呼びするのに特別な儀式は必要なかったが、ここへやって来る為には格別に力のある者が必要だったであろう? そう……言うなれば、それこそが特殊な儀式と言えるのではないか?」
うぅむ……。どう聞いても苦し紛れの言い訳にしか聞こえない。
聞こえないんだが、彼女の言っている事ももっともではある。
そしてそれは、聖霊ヴィス様のおっしゃりようと合致してもいるからなぁ。
「そ……それにだ。この場所へやって来るにも、案内人が必要だった訳で、それは誰にでも出来る事ではない。私でなければここに辿り着けなかったかも知れぬであろう?」
ぐぅ……。それも確かに、リリアの言う通りだった。
他の誰かが案内を買って出てくれたとしても、無事にここまで辿り着く事が出来たとは断言出来ないからな。これもまた、彼女に一理ある。
俺が言い返さないのを良い事に、どうやらリリアは俺を納得させたと考えたみたいだ。
もっとも事ここに至ってまで、彼女を責めようとは俺の方だって考えていない。
リリアの策にしてやられた感はあるが、ここは本来の目的を達成させる事が優先だろう。
そう考えた俺は、改めて聖霊ヴィス様へと向き直ったんだ。
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