自己紹介。これ、大事。

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自己紹介。これ、大事。

 俺が一言何かを発する度に、メニーナとクリークは貝のように口を噤んでこの場にはどんよりと重い空気が沈殿しちまう。……ったく、何なんだよ。  でもこれじゃあ、いつまで経っても話が進みやしない。  他の面子はと言えば、各々既に食事を始めている。……イルマだけは、我慢して事の成り行きを見守っているんだろうけど。  しかし、折角の出来立ての食事だ。温かいうちに食べた方が美味いに決まってるしな。 「……とりあえず、食事をしながら話をしようか」  俺がそう言いつつポテトフライを口に運ぶと、それまで食べるのをお預けされていたイルマも漸く飲み物に口をつけ、それに釣られたかメニーナとクリークも食事を摂り始めた。  それまでは全員無言で黙々と食べていたけど、食が進めば口も軽くなるようで。 「んん―――……。これ、吸っても出て来ないよぉ」 「ああ、それは中にアイスクリームが混ぜられているから飲みにくいのです。でも頑張って飲んでみると……」 「んんっ!? 出たっ! 美味しいぃっ!」  メニーナがシェイクの吸飲に苦戦しているとイルマが説明を与え、その後頑張って飲んだメニーナはその美味しさに上機嫌となっていた。魔界にはシェイクなんて無いからなぁ。  そして、魔界に無いと言えば。 「うわわっ! これってなんかシュワシュワするっ! 面白ぉいっ!」  ルルディアが炭酸飲料(コーラ)を飲んで驚きの声を上げていた。  シェイクにしてもコーラにしたって、こう言った一工夫掛ける技術ってのは流石人族の器用さだよなぁ。 「コーラってこの弾ける感じが良いですよね。僕も大好きなんです」  同じ飲み物で共感を得たのか、ダレンがルルディアへ楽し気に話しかけ、彼女もウンウン頷きながら飲み続けていた。よっぽど気に入ったんだろう。  このテーブルに、漸く食事にふさわしい団欒の雰囲気が漂い出した。本来、食事ってのはこう言った和やかな風情で食うのが美味いからな。  ただ残念ながら、ここへは楽しく食事をしに来た訳でもない。 「……それで、どっちから突っ掛かったんだ?」  一段落した事を見計らって、俺はメニーナとクリークに切り出した。すでに2人ともハンバーガーは食べ終えて、残ったフライドポテトを摘まんでいる状態だった。  でも俺が話し掛けた途端、まるで思い出したみたいにビクリと体を震わせ俯いて動きを止めちまったんだ。  今度は遠回しに事の起端……と言うか責任の所在を問い詰めたもんじゃない。  もう原因はハッキリしていて、その問題も解決している。今更そこを突いた処で、この問題が進展するとは思えないからな。 「私が先に!」「俺が相手しようとしたらこいつが後から!」  俺が問い掛けると、2人は我先にと互いに同じ内容の事を口にしたんだ。その必死さを見るに、嘘をついていたり責任を擦り付けている様子も見られない。  一応イルマの方にも目を向けたけど、彼女も首を横へと振るだけだった。  それはつまり、彼女にもどちらが先でどっちが割って入ったのか分からないって事だ。多分、殆ど同時に動き出したんだろうな。 「……まぁ相手は冒険者……と言うか冒険者崩れの様な奴らだったからな。どっちが相手をしてもすぐに片が付いただろう。なら、どちらかに譲れば良かっただろうに」  こいつ等の実力をもってすればメニーナは勿論、クリークだってあんな奴らに後れを取る事は無かったろうな。そしてそんな事は、本人たちが一番気付いている筈なんだ。  だから俺は、そんな事を口走っちまった……んだが。 「だから私が相手してやるって言ってるのに、こいつがさぁ!」 「誰が『こいつ』だ! それに、俺がやるってのにこのガキが出しゃばるからよぉ!」 「だ……誰が『ガキ』よ! 弱いくせに、大人ぶるのは止めなさいよね!」 「あぁんっ!? なんだとぉっ!?」 「なぁによぉっ!?」  途端に再燃。またまた口喧嘩が勃発したんだ。  ……ったく、まだまだこいつ等は子供だって事を再確認出来たよ。  ただ、これはこの場を治めても解決しないだろうな。互いが互いを認めたがっていないんだから。  それに何よりも、純粋にどちらが上か……強いかを知りたがっている。  とはいえ、こいつ等を直接戦わせる訳にもいかないしなぁ。……なんて事を考えていたら。 「と……ところで、あなたの名前は? 私は『イルマ=クレールス』。こっちは『クリーク=シェラハッド』って言うのよ」 「おい、イルマ。勝手に俺の名前を教えてんじゃねぇよ」  場の空気を換えようと考えたんだろう、イルマが不意に自己紹介を開始しだした。  考えてみれば、まだこいつ等は互いの名前さえ知らなかったのか。  初対面の相手に対してはまず名乗らないと、話し合う以前の問題だよなぁ。そんな当然の事さえ失念しているなんて、俺も内心では焦っていたのかもな。  こういう時の気の利かし方は、流石はイルマってところだ。 「わ……わた……私は……」  さっきまでの血気に逸るクリーク相手と違い、物腰の柔らかい丁寧なイルマが相手ではメニーナも勝手が違うのだろう。もしかしたら、照れているのかも知れないな。  メニーナは口籠り、自分の名前さえ言いだせない様子だった。  考えてみたら、同年代の友達やら年の離れたお姉さんってのはいたけど僅かに年上の少女ってのは彼女の周りには居なかったかもなぁ。……って言っても、メニーナの方が遥かに年上なんだけどな。 「うふふ。もっと気楽で良いのよ。あたしはソルシエ。『ソルシエ=P=ウェネーフィカ』よ。宜しくね」 「あ……ぼ……僕は『ダレン=スウドゥ』と言います! よろ……宜しくお願いします!」  中々切り出せないメニーナの気持ちを和らげようとしてか、すぐにソルシエとダレンも自分の名前を口にした。この辺りの柔軟さは、もしかすると人族の良い処かも知れない。 「……私はアカパルネと申します。宜しくお願い致します」 「あたしはルルディアよ。宜しくね」  魔族には名はあっても、人族で言う処の姓はない。わざわざフルネームで自己紹介したソルシエ達は、その辺りに少し怪訝なものを感じているみたいだな。表情に出ている。  もっとも自分が姓名を語ったからと言って、相手も同じようにする必要なんてないってのも分かってるみたいだ。 「……で、こいつはメニーナって言うんだ。みんな、仲良くしてやってくれ」  それでも口を開こうとしないメニーナに代わって、俺が彼女の頭を押さえつけながら皆に教えてやった。ちょうど、メニーナはお辞儀をするような姿勢だ。  こういう改まった自己紹介ってのは中々ないだろうから、俺が助け舟を出してやった形だ。それが証拠に、メニーナの顔は耳まで真っ赤になっている。 「……あれ? 先生は、こいつ……メニーナの事を知っているのか?」  まるで俺が保護者のように振る舞ったのが気になったのか、クリークが疑問符を浮かべて問い掛けて来た。  普段はそうでもない癖に、こう言う処は鋭いんだよなぁ……こいつ。しかも、場の空気を読まずに思った事をすぐに発言するから質が悪い。  クリークの質問は、イルマ達も思っていたみたいだ。じっとりとした目つきを俺に向けて、次の言葉を待ち構えている。  ただ、元々メニーナたちをクリークたちに引き合わせようと考えていたからな。マルシャンと酒を酌み交わしながら考え、説明はすでに出来上がっている。 「ああ、そうだな。知っているも何も、こいつ等は俺の旧友が才能アリと認めて鍛えていた子供たちで、先日その教育を頼まれて面倒見る事になったんだ。冒険者としての才能は、俺から見ても折り紙付きだぞ」  スラスラと淀みなく話した内容は、既にメニーナたちに告げてある話に酷似させている。彼女達には、自分たちは俺が目を掛けて鍛える教え子だと言う設定を話してあったからな。  多少のアレンジは加わったけど、そこに疑問を覚えるようなことは無いだろう。  それに少しだけだが、人前で自分たちは優秀だと褒められたんだ。これに気を悪くする子供もそうはいないだろう。  ただ、思わぬ反応は別の所からやって来た。 「ええぇっ!? こんな子供がっ!?」 「先生の目に適ったんですかっ!?」 「先生、友達いたのかよっ!?」  ソルシエとダレンは驚きの声を上げ、イルマは絶句してしまっていた。クリークには、あとで説教確定だな。
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