上層 ―的確な指示―

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上層 ―的確な指示―

 そして翌日。いよいよクリーク達とメニーナ達に依るクエスト対決が始まった。  勝敗結果は至極簡単。どちらがより深い階層まで進む事が出来るか、ただそれだけだ。 「でもよぉ、先生。本当に、こいつ等と勝負する意味ってあるのか?」 「そうよねぇ……。どう見ても、あたし達よりも強いってのには納得出来ないしぃ? あたし達は兎も角、この子達は危ないんじゃないのぉ?」  いよいよ出発と言う集落の出口に立って、クリークとソルシエが再び前日の事を蒸し返し。 「はぁ? 何言ってんの? あんた達の方が、私たちよりもよぉっぽど心配よ!」 「実力が低いと、口が先に動くって本当だったのね」  それに、メニーナとルルディアが見事に食いついた。そして、双方ともに睨み合いが勃発した。  イルマとダレン、そしてパルネはその様子をハラハラとした表情で見つめている。 「それをハッキリさせる為の勝負だろ? 俺から見れば、ここに至ってぶつくさと文句を言うお前たちはどっちもどっちだぞ」  そんな双方に苦言を呈すると、クリーク達とメニーナ達はバツが悪そうな表情で口を噤んだ。  どっちも負けず嫌いなのは分からないでもないけど、もう少し仲良く出来ないもんかねぇ……。ともあれ、そんな事を今ここで考えていても仕方がない。 「それじゃあクリーク達は東方から、メニーナ達は西側の入り口からそれぞれ入って、出来るだけ奥にまで進むんだ。各階層の最奥には、俺が印をつけた石が置いてある。最終的により奥にある石を持って帰った方が勝ちって事で良いな?」  改めて俺がルールを説明すると、それを聞いたクリーク達やメニーナ達は全員が頷いて応じて来た。単純明快な決まりだし、間違えるって事も無いだろう。  俺は昨晩の内にジャイアントアントの巣へ向かい、最奥一歩手前までの各階層に俺のサインが入った石を置いて来たんだ。  こいつ等にとっては厄介な場所だろうが、俺にとっては全くもって脅威とはならない。  それに少し俺が気勢を発すれば、そこに巣食う魔物どももすぐには襲ってこない。一気に通り抜けて石を置き、最奥からは転移魔法(シフト)で戻って来たって寸法だ。  蹴散らしながら進むってのも何ら問題なかったけど、数を減らしちゃあ今日の難易度が著しく下がっちまうからな。 「それじゃあ、行ってこい!」  俺が開始の合図を送ると、双方は殆ど同時に足を踏み出し……そして! 「……どけよ」 「あんた達がどきなさいよ」  集落の入り口で睨み合う事となったんだ! ……ったく、なんでだよ。  ここはこの集落の裏口に当たり、正門と比べれば随分と狭い。それでも、2組の集団が並んで歩く分には余裕で幅があるんだけどな。  こいつ等の負けん気が早くも発揮されたって事なんだろうけど。 「良いから、早く行ってこい!」  俺が後ろからちょっと声を張り上げると、クリークとメニーナは飛び上がらんばかりにビックリして駆け出して行った! イルマ、ソルシエ、ダレン、パルネ、ルルディアは、殆ど逃げるように走り出した2人をそれぞれ追う形となる。 「……やれやれ。まったく、子供だよなぁ……」  心底呆れた俺は、思わずそんな台詞を独り言ちていた。とは言え、子供たちを送り出せば後は待っているだけ……なんて楽な役割でも無いんだよなぁ。 「……魔役の呪法(マズニ)」  俺はその場で小さく詠唱を済ませると、眼前に2体の従魔……使い魔を出現させたんだ。  今回俺は、戦闘の只中にいる訳じゃあ無いからな。使い魔を2体召喚してそいつ等の齎した映像や音声を知るのに、視力や聴力を奪われても全く問題ない。 「……行け」  鳥の姿となった使い魔に、俺は2体に命じた。俺の命令を受けた鳥たちは、それぞれ東と西の方へと向けて飛び立って行ったんだ。  因みに、使い魔はその姿を術者の任意通りに変える事が出来る。そしてそれは、何度でも可能なんだ。  今は鳥の姿をしている使い魔も、巣穴に入る時には蟻か蜘蛛を象ってあいつ等を追うだろう。  目的とした人物を追い続けるのは自動で、俺が見失わないように注意する必要は無いしな。う―――ん……便利だな。  使い魔が飛び去りその映像や音声が確りと届いている事を確認した俺は、そのまま宿屋へと戻る事にした。ここで突っ立っている訳にもいかないし、静かな屋内の方が集中出来るしな。  宿の部屋に腰を落ち着けた俺は、早速クリーク達とメニーナ達の様子に注視した。ちょうど双方ともに、ジャイアントアントの巣へと足を踏み入れるところみたいだ。  俺の使い魔はその姿を蜘蛛に変えて、壁に張り付き一定の距離を取りながら観察を続けていた。  そして、最初に接敵したのはクリーク達だった。 「……ほう」  その戦いぶりを見て、俺は思わず感嘆の声を上げていた。  真っ先に敵の接近に気付いたのはイルマだった。彼女は幾つもの戦闘を繰り返し、広範囲の魔物を察知する事が出来る魔法「広域探知(ソナー)」を身に付けていたみたいだ。  これは極微量な魔力しか使用しないから消耗は少なく、任意の範囲内にいる生物の存在を知る事が出来る。  魔法を発した時にしか情報を得る事が出来ないし、ある程度熟達しないと魔獣か野生動物かの区別もつかないが、使い慣れれば非常に便利な魔法でもある。  もっとも、更にレベルが上がり「気配」を察する術を得れば、この魔法に頼らなくてもある程度の範囲なら魔物の存在を知る事が出来るんだけどな。 「……クリーク、ダレン。前方の物陰に1体隠れてる。……気を付けて」  しかし、今イルマ達が臨んでいるのは魔物しか生息していない巣穴だ。多少未熟であっても、ここでの「探知魔法」は有効だろう。 「よぅし。それじゃあ、まずはあたしの魔法で……」  先制が可能ならば、まずは魔法で攻撃する。ソルシエの判断は間違ってはいないんだけど。 「まって、ソルシエ。まだ魔法は使わないで。……クリーク、ダレン。ここは2人で戦って。出来るだけ攻撃を受けないでね」  そんなソルシエに、イルマが待ったをかけた。機先を制されたソルシエはどこか不満そうだな。  それだけじゃなく、クリークとダレンも驚いた顔をイルマへと向けていた。  何事も慎重な普段のイルマならば、定石通りの攻撃方法を指示していただろうか。つまりは魔法で仕掛け、イルマが戦士たちに魔法で加護を与え、それを受けて2人の攻撃役が突っ込む。  でも今回はそれとは相反する指示を出したんだから、3人の驚きも分からないではない。 「……出来るだけ、奥に行きたいんだよね? それなら、魔力は出来るだけ温存しないとね。奥に行くだけじゃなくて、帰って来る事も考えておかないと」  そんな3人も、イルマの簡潔な説明を聞いて納得したみたいだ。三様にニヤリと笑みを浮かべて、改めてイルマの指し示した方へ向く。  するとそこから、1匹の赤黒い巨体が姿を現した。……ジャイアントアントだ。 「おりゃああぁっ!」「はぁあっ!」  クリークとダレンは、声を上げて突入する! その様子を、後方ではソルシエとイルマが注意深く伺っていた。  ジャイアントアントは、例えこっそりと不意打ちし1撃で倒す事が出来たって、まず間違いなく仲間を呼ぶ。どういう理屈でそうなっているのかは分からないけど、とにかく戦闘行為を行えば間違いなく仲間を呼び寄せるんだ。  だから、今更クリーク達が声を殺してたところで意味はない。 「おおおぉっ!」  ダレンの重い一発が、巨蟻の胴体にめり込んだ! その威力で、思わず魔物の身体が浮いたんじゃないかと錯覚する程だ!  しかし残念ながら、この攻撃は敵に大きな痛手を負わす事にはならなかった。硬い甲殻で覆われ滑らかな曲線を描いているジャイアントアントの身体には、打撃に依る外殻への攻撃は決定的な効果を与えるには至らないんだ。  それでもダレンの拳撃が全く無効と言う訳ではないし、何よりも敵に大きな隙を与える事に成功した! 「つぁっ!」  そこへ、側面からクリークの斬撃が繰り出された!  以前よりも更に強くなったその一撃は、巨蟻族でも最下位に属する労務蟻(ワーカーアント)程度ならば十分に通用する。 「やりましたね、クリークさん!」「やったじゃん、クリーク!」  上手く頭部の切断に成功したクリークに、ダレンとソルシエが安堵の含まれた声を掛ける。それを受けたクリークも、肩で大きく息をして一段落といったところか。 「さぁ、すぐにここから移動しましょう。他の蟻たちが寄って来ない内に」  そんな気の抜けた雰囲気を引き締めるように、イルマがすぐに指示を出した。ジャイアントアントと戦闘を起こした以上、次々に敵が集まって来るのは時間の問題だった。  しかも侵入だけではなく戦いを繰り広げたのだ。間違いなく兵隊蟻(ソルジャーアント)も出て来るだろうからな。イルマのこの提案は間違いじゃあない。 「お……おう」「そ……そうね」「そうですね」  クリーク達はイルマに応じると、早急にその場を後にした。
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