上層 ―力任せの少女たち―

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上層 ―力任せの少女たち―

 クリーク達は一戦を終えると、そそくさとその場を移動した。  のんびりと行軍していては、すぐにジャイアントアントの大群に囲まれてしまうからな。これはイルマの英断だと言って良い。  それと殆ど時を同じにして、メニーナ達も最初の敵との接敵を果たしていた。 「きゃっ! ビックリしたぁ!」 「……一匹だけ……かな?」 「とにかく、こいつは倒しちゃいましょう」 「じゃあ、ここは私に任せてぇ!」  外敵を見つけて迫りくる巨蟻に対して、メニーナが嬉々として双剣を抜き放ち迎え撃つ。そもそも好戦的で早く魔物と戦いたがっていたメニーナにとって、この状況は待ち望んでいたものだったはずだ。 「へっへぇん!」  無策に突進してくる赤黒い巨体を華麗に横方向へと回避したメニーナは、まるで小馬鹿にするように労務蟻(ワーカーアント)をあざ笑う。  その後も執拗にメニーナを狙う蟻の攻撃を、彼女は前後左右へヒラリヒラリと躱して1撃も受ける事は無い。この辺りの能力の高さは流石だなぁ。 「んしょっと!」  そして散々躱しまくった後に、メニーナはその手にした剣を一気に振り下ろした!   多少狙いは荒かったけど、そもそもの身体能力が優れているんだ。彼女の一撃は、見事に蟻の頭部を胸胴部から斬り落としたんだ!  元々が昆虫を象っている魔物は、多少胴体に手傷を受けてもそう簡単には死なない。胴体部を吹き飛ばされても、少しの間なら動いて攻撃してくるんだ。  だから甲殻種の魔獣と戦う時は、頭を切り落とすのが早く戦闘を終わらせる手段の1つなんだ。  因みに、一瞬でその身体を粉々にするとか消し炭に変える、氷漬けにして息の根を止めると言う方法もあるんだけどな。 「どうよ、ルルディア。私の新しい力は?」  この戦いは、彼女がレベルの恩恵を受けて新しい力「双剣士」の能力を発揮する最初の戦闘となるんだ。メニーナが少しばかり興奮していたって、それはそれで仕方がない事は分かる。 「……ふん。次は、あたしの力を見せつけてあげるわ」  それに対してルルディアも、メニーナの力を認めつつも素直には称賛出来なかったみたいだ。それどころか少し鼻息が荒くなっている処を見れば、もしかすると彼女も新たに得た力「槍闘士」の威力を試してみたいのかも知れないな。  メニーナとルルディアがヤイノヤイノと言い合っている間に、通路の奥に新たな蟻の姿が伺えた。巨蟻の特性を考えれば、いつまでも戦闘を終えた場所に居ればどんどんと集まってくる訳だけど、どうやら彼女達はその事に気付いていないみたいだ。  って言うか、その事はもう3人に伝えておいた筈なんだけどなぁ……。誰も調べなかったと見える。 「よぉしっ! 今度はあたしがぁっ!」  凄い勢いで迫りくる巨蟻に、今度はルルディアが突っ込んでいった! メニーナと同等の能力を持つルルディアは、メニーナに倒せたのなら自分も……と考えているに違いない。  そしてそれは、その通りだったんだけどな。 「ふぅっ!」  馬鹿正直に一直線で進んでくるワーカーアントを、ルルディアは横に躱すのではなく、なんと槍を起点にして大きく真上へと飛び上がったんだ!  突然標的が消えたと錯覚した巨蟻はその動きを止める。そしてその頭上から、今度は手にした槍の穂先を真下にして構えたルルディアが落ちて来る! 「やぁっ!」  気合一閃! 彼女の槍は、見事に労務蟻の頭部を刺し貫いた! 弱点を狙った見事な攻撃だが、俺からすれば動きが大き過ぎる上に隙を曝け出し過ぎている。 「うわわっ!?」  着地したルルディアへ向けて、巨蟻の左右6本ある内の前2本を使った目蔵滅法な攻撃が繰り出された! 態勢の崩れたルルディアは、寸でのところでその乱撃を躱す事に成功していた。  槍で頭部を貫いただけでは、ジャイアントアントを即死させる……と言うか、行動不能にする事は出来なかったみたいだな。 「……我の敵を燃焼せしめよ。……火球魔法(デラ・フラム)」  そこへ、パルネの静かに唱えた火球がジャイアントアントを襲い! 「あつっ! ちょっとパルネ、危ないじゃないのさ!」  命中した火球は小さな爆発を起こして労務蟻を焼き尽くしたんだ! 一気に炎に包まれて、ワーカーアントはそのまま息絶えた。  でもその近くにいたルルディアは、危うくその炎に呑まれかけたんだから文句を言うのも当たり前だよな。  パルネの魔法は、一見すると火炎魔法(フラム)に酷似している。詠唱も短く出も速いって特徴もそっくりだ。でもその威力は、以前にソルシエが見せたフラムよりも遥かに凶悪だったんだ! 「あんたがすぐに避けないからでしょ。って言うか、そんな魔物くらいサクッと息の根を止めなさいよね」  顔を赤くして苦情を言うルルディアに向けて反論したのは、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていたメニーナだった。彼女はどうやら先のルルディアの戦いぶりを見て、自分の方が戦闘技術で優っていると思ったんだろう。 「……我が眼前の障壁となる敵を……猛り狂う業火にて包囲し熱せよ。……轟炎魔法(バルデ・フラムア)」  そんな無駄な時間を浪費していると、更に奥からは数匹の巨蟻が迫って来ていた。中には労務蟻だけではなく、より戦闘に特化した「兵隊蟻(ソルジャーアント)」の姿も見える。  いつまでもモタモタとしているから、彼女達は一向に進めていない。……ったく、あいつらは何時になったら、ここが地上の街中でない事を理解出来るんだ?  なんて考えていると、真っ先に魔物たちに気付いたパルネが続けて魔法を詠唱した……んだが。 「きゃ……きゃあっ!」「わわわぁっ!」「……おいおい」  発動した魔法の威力が大き過ぎて、巨蟻の群れは一瞬で焼き殺されたんだが、その熱波はメニーナとルルディアも襲う事になったんだ。俺はそれを見て、思わず呆れ返っていた。  パルネの使った魔法は、以前ソルシエが使った「猛炎魔法(パノフラム)」と同位のものだ。広範囲に火炎攻撃を行い、足止めに使ったり多数の敵へ炎攻撃を仕掛ける事が出来る。  しかし彼女の唱えたものはさっきの「火球魔法」もそうだが、魔族本来の魔法でありそれが元祖と考えればその威力は数段高い。しかもパルネはそもそもの能力が高く、レベルの恩恵をも受けている。  だから客観的に考えれば、パルネの使った魔法は強すぎるって事でもあった。その証拠に、効果範囲内には僅かにメニーナ達が入っていたからな。  それに本来、狭い洞窟内での炎魔法は厳禁でもある。 「ゴホッ……ゴホゲホッ」「ゴホンゴホンッ……ちょっと、パルネェ……」  狭いとは言っても、馬車が余裕で通れるくらいの幅と高さがある。だから思わず、広いと錯覚してしまうのも分からないではない。  でも実際は密閉空間でもあり、空気が急激に熱せられ失われ、更に煙や有毒ガスの発生さえ考えられる燃焼系の魔法は使ってはいけないとも言えるんだ。 「ご……ごめんなさい」  メニーナとルルディアの惨状を見て、パルネは思わず恐縮しちまっている。良かれと思っての攻撃だったのに責められれば、彼女の性格を考えればそりゃあ委縮しちまうよなぁ。  でもここは敵地であり、言い合いや反省会をのんびりと行っている時間なんて無い。 「ちょっと、メニーナッ! また奥から蟻がやって来るわよっ! しかも今度は、かなり沢山っ!」  勢いが弱くなったがメラメラと燃えている炎の向こうからは、確かに無数の巨躯が伺えた。俺が見るに、多数の労務蟻と複数の兵隊蟻ってところだな。  流石のメニーナ達とは言えあれと直接戦えば、負けないとはいえ消耗はそれなりにしてしまうだろう。  まだまだ入口だと言って良いこんな場所でイチイチ戦闘していては、いつまで経っても先へは進めないんだけどなぁ。 「なら、ぜぇんぶやっつけちゃえば良いんだよっ! パルネは、出来れば炎系の魔法以外で攻撃してよね!」  どうやらメニーナは、俺の考えとは真逆の選択を採ったみたいだ。双剣を構えると、何の不安も感じさせない笑みを浮かべて炎の壁を越えて行ったんだ! 「……もうっ! 待ちなさいよっ!」  そんなメニーナに、愚痴をこぼしながらもルルディアが追走する。  何だかんだとメニーナを放って置けないってのが一つだけど、何よりも彼女に負けるのがルルディアには我慢ならないんだろうな。  その辺りを自制出来ないと、これからの戦闘では苦戦しか待っていないんだが……。  先を行くメニーナ達を引き留める事もせず、パルネも最後尾を追いかける。元々引っ込み思案な彼女が、メニーナ達を引き留める事なんて出来ないよなぁ……。  もっとも本当は、その役目はパルネが負わないといけないんだけど。  道幅いっぱい、更には側面の壁やら天井にも張り付き、我先にと襲い来る巨蟻の群れに向かい、メニーナ達はそこへと飛び込んで大立ち回りを始めたんだ!
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