中層 ―放っておけない!―

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中層 ―放っておけない!―

 中層5層に到達して広域探知(ソナー)を使用したイルマは、思わず驚きの声を上げていた。  にあったクリーク達は、それだけで何事かと緊張感を露わとしていたのだが。 「ジャ……ジャイアントアントが殆どいないなんて……!? ……何故!?」  イルマの口にした台詞を聞いて、更に困惑の度合いを増していたのだった。  彼女達は、以前犯した失敗と同じ轍を踏まないよう心掛けている。この「ジャイアントアントの巣」についても、事前に可能な限り調べている筈だ。  そして調べたのなら、この巣窟は先へ進むほど巨蟻の数が増え、事を確りと把握している筈なんだ。 「そ……そんな事ってあるのか!?」 「あ……あり得ないわよ! ここから先、ずぅっとの!?」  見ようによっては、当面は安全地帯が続いていると言えなくもない。  しかし居るべき魔物が全く姿を消したとなれば、逆に警戒し恐ろしくもなる。それが証拠に、ダレンなどは蒼い顔をして絶句しちまってるからな。  だが……まさか、とは……。  ただまぁ、そこは俺の考えが甘かったというか足りなかったと言うべきか。 「い……いえ。この階層にはまだ随分といるわ。それに、下と上の階層からもどんどん巨蟻族が集まって来てる。……でも」  そう……。ここに(ひし)めいていた大半の労務蟻(ワーカーアント)兵隊蟻(ソルジャーアント)は、によって凍らされ霧氷と化して散ってしまっていたんだ。  迂闊にも思いつかなかったんだが、どうやらこの巣は中層辺りで1つに繋がっているみたいだ。俺はてっきり、もっと深い最下層で……と思っていたんだがな。 「なら、抜けるんだったら今って事だな!」 「そ……そうですね! 早くこの階層を抜けてしまいましょう!」 「そうよね! それなら体力と魔力を温存出来る訳だし!」 「……待って!」  ここまで慎重に行動して来た彼らは、特に巨蟻の大群に押し寄せられて危機に陥った訳ではない。  それでも巨蟻の個々の強さを知れば、それが大挙して押し寄せて来る事を思い恐怖心に囚われるのは、決して臆病だとは言えない。  逸るクリーク達の台詞を、しかし強い口調でイルマが制止した。広域探知魔法を使用してこの階層の詳細を調べていた彼女は気付いたのだ。 「な……なによ、イルマ!? 今の内に先へ進まないと、ジャイアントアントがすぐに集まって……」 「この……反応は……。……メニーナ達!?」  焦りの声を上げるソルシエには気に掛けず集中したイルマは、その反応に気付きポツリと零した。彼女は明らかに魔物とは違う反応に気付き、自分なりの考えから結論を出したのだ。  広域探知魔法では、その索敵に引っ掛かった存在が〝誰か〟〝何か〟までは特定出来ない。どの方向のどれくらいの距離に生物がいるかどうか? そしてその生物が敵意を持っているのかどうかを知れる程度だ。  広い地上ではその感知から魔物か獣か、もしくは人なのかの判別は難しいが、地下迷宮……しかも「ジャイアントアントの巣穴」と言った状況ならば話は別だ。  周囲に存在するのは基本巨蟻族のみであり、他の可能性は考えなくて良い。  今は仲間が大量に倒され、更には侵入者が複数入り込んでいるんだ。ジャイアントアントは全て攻撃的になっているだろうな。  そんな中で殺気を放っていない存在は、ただそれだけで違和感となるんだ。  この巣穴に入り込んでいる他の冒険者の可能性、この階層まで到達しているかも知れない他の存在の可能性、そしてここで起きている異変、動きを見せない反応の異常性など。  それらを総合的に勘案し、出された結果が「それがメニーナ達」と言う結果だったんだろう。  そしてそれは、正に正鵠を射ていたと言って良かった。  しかしイルマの覚えた変異と、その台詞から汲み取ったクリーク達の反応は違っていたんだけどな。 「なに!? メニーナ達!? あいつらも、この階層にいたのか!?」 「なら、早いとこ進まないと!」 「そうですね! 負けてられません!」  イルマの言葉を聞いたクリーク達は、更にやる気を漲らせて先へ進もうと動き出した。今は競争の真っ最中なんだから、それもまぁ当然の反応だよな。 「だから、少し待って! そのメニーナ達なんだけど……動いていないのよ」  それでも、どうにも違和感を拭えないイルマが進行を引き留める。彼女は、動きを止めてしまっているメニーナ達が気になっているみたいだった。 「大方、休んでるんだろ? 俺たちだって、そろそろ休みたいって思うくらいだしな」 「そうよぉ。相手の休憩にまで気を配ってる場合じゃないでしょう?」 「……あの。……イルマさん?」  クリーク達の楽観論を聞いても、イルマの険しい顔は晴れなかった。どうにも心に蟠る懸念を払拭出来ていないんだろう。 「……ふぅ。分かったよ」 「クリーク? あんたまさか?」  動き出そうとしないイルマに、最初に折れたのは何とあのクリークだったんだ!  最後まで一番駄々をこねそうなあのクリークが……。成長……したなぁ。  遠く離れた宿の一室で、俺は思わず嬉し涙を流しそうになっていた。いや、本当には流さないけどな。 「イルマがここまであいつ等の状態を気にしているんだ。このままじゃあ、パーティとしてまともに動けるかも分からないからな」 「そ……そうですね」 「しょうがないわねぇ。まぁ、ちょぉっと様子を見て、大丈夫そうだったら放って置けば良いだけだしね」 「……みんな」  全員の意見を聞いて、イルマは何処か嬉しそうだ。世話焼きのイルマらしい反応だなぁ。 「……この先をまっすぐ進んだ先にいるみたい。みんな、気を付けて進みましょう」  総意を得たイルマは、メニーナ達だろう反応のある方向を指し示し、クリークを先頭として進みだしたんだ。 「こ……こりゃあ……」 「……どうりで寒い訳よねぇ」  暫く進むと、彼らが感じていた冷気の正体が姿を現した。  床と言わず壁と言わず天井と言わず。  視界全てを真っ白に染めた氷壁が、見える範囲でびっしりと張り付いているのだ。ここまでの氷が巣穴の内側を覆っていれば、周囲を凍気が埋め尽くしていてもおかしくはないな。 「……自然に発生した……って訳じゃあないですよね? 流石に……」 「当たり前でしょ? 地上での自然現象なら完全に否定も出来ないけど、ここは巨蟻族の巣穴の中よ? まず間違いなく……魔法ね」  観察するように周囲を見渡していたソルシエが、息を呑みながらダレンの言葉に応えた。彼女から見ても、魔法の威力や規模は驚嘆に値していたんだろう。 「誰が使ったんだろうな? ……まさか、メニーナが!?」  ユックリと歩を進めながら、クリークが更に疑問を口にした。彼が1歩踏み出す毎に、足元の氷がパリパリと音を立てて罅割れていた。 「……違うわね。彼女には魔力を感じたけど、魔法使いとしての資質は無いように思ったもの。多分……あの『アカパルネ』って子の方ね」  周りに視線を送りながら、クリークの素朴な疑問にまたもソルシエが答えた。でも今度はそれに、イルマも頷いて賛同している。  流石は〝魔女〟でもあるソルシエには、使用された魔力の質も近付いて実際を見れば判別がつくらしい。 「あ……あんな大人しそうな子が……!?」  自分も年齢も然る事ながら、その気弱そうな顔立ちからはとても前衛で勇猛に戦う「武闘家」とは思えないダレンが絶句していた。とはいえ、その気持ちも分からないではないよな。  パルネはそもそもが引っ込み思案で、表立って目立つような行動は取らない。それは、魔物との戦闘でも顕著に表れている。  普段はメニーナとルルディアに任せ、手が足りないようならば手伝う程度だ。もっともそれはチームワークではなく、どちらかと言えば気を使い過ぎなんだろうけど。  それでも彼女は仲間の危機……特にメニーナがピンチになると途轍もない力を発揮する。……って言うか、暴走するんだよなぁ。  今回は「トーへの塔」の惨劇みたいにはならなかったけど、一歩間違えればあの時の二の舞になっていたかも。……そう考えると、何だか背筋が凍る思いだ。  凍結した洞穴を進み、それらが途切れて暫く行くと。 「……あっ! あそこっ!」  ダレンが声を上げ、全員がそちらの方へと注視した。そこには! 「あの子は確か……ルルディア!?」  群がりつつある労務蟻(ワーカーアント)を相手に、大立ち回りをしているルルディアの姿があったんだ!
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