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中層 ―呉越同舟、完成!―
パルネが目覚めた事と軽い談笑で、その場には和やかな空気が流れていた。とは言え、根本的な問題はまだ解決していない筈なんだが。
ここは魔物の巣の中であり、周りには巨蟻族がウジャウジャと徘徊している。即座にここを動き出さないと、すぐに蟻共が群がって来るだろう。
「とりあえず、これも飲んでおいて」
パルネに話し掛けながら、イルマは袋から先ほどとはまた違った小瓶を取り出した。
「……それは?」
「ちょっと、イルマ? そんな高価な物まで、この子に飲ませるのぉ?」
パルネが疑問を口にすると同時に、ソルシエが聞きようによっては非難とも取れる問いをイルマへ投げ掛ける。
「これは『経口補魔液』と言って、少しだけで魔力が回復するの。さっき飲んでもらった『魔力の呼び水』だと即効性が無いから、念の為に……ね?」
優しく説明するイルマに、パルネは頬を赤らめて実に素直に従っていた。その様子は、まるで本当の姉妹みたいに微笑ましい。
「まぁ、ここは敵地の真っただ中って奴だしな。当分は無理も出来ないだろうけど、地上に戻るまでに何があるか分かったもんじゃないからな」
不満を漏らしていたソルシエに、クリークは珍しく正論で説得に当たっていた。無論ソルシエも、本当にパルネへアイテムを投与する事が反対だった訳じゃあ無いだろうけど。
彼女はただ単に、魔法使いとして自身にも必要なアイテムだった事に疑問を持っただけだろう。……もしくは、自分も飲んだ事が無いって理由でちょっとした嫉妬もあったのかもな。
魔法使い……とりわけ魔女って奴らは、実に探求心に溢れてるしな。使った事のないアイテムなら、すぐにでも試してみたい欲求に駆られてるんだろう。
「……え? ……地上?」
クリークの言葉に、今度はメニーナが疑念を呟いた。思いがけず大きめの声だった為か、その独白じみた問いはその場の全員が耳にする事になる。
「そ……そりゃあ、そうですよ。こんな場所で、仲間の1人が行動不能になったんですよ? まずは地上に出て、回復を図らないと」
その問いに、ダレンが焦ったように返答する。メニーナの声音には、そんな考えなど毛頭なかったと言った意味合いが含まれていたのだからそれも当然だろう。
普通に考えれば、メニーナ達が助かったのは本当に奇跡だ。これが人族のパーティならば、まず物量に圧されて全滅していただろうからな。
それでも、如何に彼女達の力を以てしてもパルネが倒れると言う結果を齎しちまったんだ。本来ならば、彼女達の冒険はそこで終わっていた筈だ。
しかし幸運なのか悪運なのか……。メニーナ達は何とか持ち堪え、クリーク達との合流を果たし、その場から逃走するに至った。
少なくともメニーナ達にとっては、ここまでの経験だけでも十分に得るものが多かったと思うし、それで満足しても申し分ないと言える結果だったろう。
だけど……メニーナにしてみれば、そんな気は微塵も無いらしい。
「だって、ここまで来たんだよ? なら、もっと先まで……最下層まで行きたいと思わない!?」
メニーナの考えに「助けられた」「命を拾った」と言う感覚は皆無みたいだ。
助かったのならば、更に先へと進み目的を完遂する。そんな魔族特有の思考が確りと根付いているみたいだった。それは、周囲の反応を見れば良く分かる。
メニーナのシレッと話した内容にクリーク、イルマ、ソルシエ、ダレンは絶句しちまっている。人族の考えでは、ここは撤退一択だろうからな。
対してルルディアの表情はと言えば、全く変化が無い。先ほどは死にそうになり泣きそうな声と顔色だったにも拘らず、メニーナの意見を聞いても何ら血相を変える事は無かった。そしてそれは、パルネも同様だったんだ。
「こ……こいつだけじゃない、お前だって死にかけたんだろ!? 何言ってんだよ!?」
これには、流石にクリークも反論していた。イルマやソルシエ、ダレンにしてもクリークに同意であったろうし、どうしてパルネやルルディアが反論しないのかも疑問だったろう。
一騎当千の魔族……と言えば屈強を以てなると思い浮かべるだろうが、その実は仲間との共闘を重視せず、更には仲間の損害も顧みず、力の続く限り突き進む……勇猛果敢、猪突猛進の戦闘様式であり、それがこの種族に根付いた考え方なんだ。
この辺り、根本的な考え方の違いで恐らくは双方ともに相容れないだろう。
「……それじゃあ、メニーナちゃんはこのままこの先へと進むのね?」
しばし訪れた沈黙を破ったのは、ずっと黙考していたイルマだった。彼女の言い方は、どこか最後通牒のように重々しい。
メニーナもどこか信用しているんだろう、イルマの言葉を聞いて彼女は躊躇いがちに小さく頷いて答えた。そのやり取りもまた、幼い妹の我儘を聞く姉のようである。
「……分かった。それじゃあここからは、私たちと一緒に行きましょう」
「ちょっ!? イルマッ!?」「な……何言ってるのよっ!?」「イ……イルマさん!?」
メニーナの決意を知り、瞑目していたイルマが目を見開くと同時に語った言葉に、クリーク達は殆ど同時に驚きの声を上げていた。
ただしそれは、何もライバルであるメニーナ達と共闘するのが嫌だって話じゃあ無いんだけどな。
「このまま放っておいたら、この子達はこのまま先に進むわ。そうしたら、間違いなくこの子達は死ぬのよ?」
抗議の声を無視して綴られたイルマの台詞を聞いてクリーク達は勿論、メニーナ達もグッと息を呑んで押し黙った。
普段のイルマでは見せない様な差し迫った表情を見れば、その場の誰も反論など出来ないだろうな。
でも、この分析は正しい。
「……この先には、兵隊蟻よりも遥かに強い蟻たちが数多くいる。私たちはそれを知っていたから、最下層までは進まないって決めていたけれど、メニーナちゃんたちは多分そんな事も知らなかったでしょう?」
その質問に対しても、メニーナ達は黙り込んで答えなかった。……いや、答えられなかったと言うべきかな?
知っているかどうかと言われれば、間違いなくメニーナ達はそんな事なんて知らなかっただろう。それ以前に、この「ジャイアントアントの巣」の事を調べていたかどうかも怪しいからな。
「……でも、勝てるもん」
「無理よ」
それでも意地だろうか。メニーナが何とか絞り出した「勝つ」と言う言葉さえ、イルマはバッサリと切って捨てたんだ。こんなイルマを見るのは初めてだなぁ。
「あなた達が強いと言う事は十分に分かった。こんな階層に大した準備もせず、しかも正面突破で来れるんだから。でもだからこそ、そのままこれ以上進んだらもう地上には戻れないって確信出来るわ」
「なんで……っ!」
「だって……こんな所で立ち往生してるじゃない」
余りにもきつい口調のイルマに流石のメニーナも食って掛かろうとしたんだけど、その出ばなを冷淡に……しかもズバリと挫かれちまっちゃあ、流石のメニーナも息を呑む以外にないみたいだな。
イルマは言外に……そしてその雰囲気でキッパリと告げているんだ。
―――こんな場所で立ち往生する程度じゃあ、とても最下層なんて行ける訳がない……とな。
その余りの迫力に、メニーナの気迫はまたも根こそぎ掻き消されちまっていたんだ。
イルマの放つ気配には、冗談でも脅しでもなく「死」を連想させるものが含まれていた。こんな気色を見せつけられては、流石のメニーナだって考えなしで軽口なんて叩けないだろうな。
「でも、私たちが一緒ならもしかすれば……」
そんな意気消沈しかねないメニーナに、それでもイルマは助け舟を出した。このままなら半ば強引でもメニーナ達を連れ帰る事も出来たろうになぁ。
イルマの言葉を聞いて、メニーナがパァっと顔を明るくする。
「一緒に……行ってくれるの?」
そして彼女は、まるで強請るようにイルマへ問い掛けた。その姿は本当に幼子みたいで、こう言う処はズルいなぁと思わせるに十分だ。
「おいおい、イルマ。まだ俺たちは行くなんて言ってないぞ?」
「そうよぉ。ここまでだって大変だったって言うのにさぁ」
ただこの話は、イルマとメニーナだけで完結して良いものじゃあ無い。他にも仲間がいる以上、その場にいる者の総意でなければならないんだが。
「あら? それじゃあこの子達が戻って来なくてもいいの? クリーク、ソルシエ?」
口を挟んできたクリークとソルシエに、イルマはどこか意地の悪い言い方で返した。彼女は、もう答えは出ていると確信している笑みさえ浮かべていた。
「……ちぇ。ずりぃよなぁ……」
「ほんっと……。前はこんなんじゃなかったのに、一体いつからそんな性格になっちゃったのかしら?」
そしてイルマは、クリークとソルシエから了承と同意の台詞を引き出していたのだった。ニコニコ笑顔を湛えているダレンは、もはや聞くまでもないだろうな。
「それじゃあ、ここからの方針を説明するわ」
全体の取りまとめ役であるイルマが、6人を前にして気を引き締める様に話しだしたんだ。
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