下層 ―規矩が利く―

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下層 ―規矩が利く―

 何と言うか……。これが相乗効果ってやつなんだろうか?  クリーク達とメニーナ達が手を組み先へと進む事になったんだが、その途端に「ジャイアントアントの巣」攻略は快進撃を見せる事になったんだ。 「クリーク達とメニーナ達は、前から来る奴らだけに集中して!」 「で……でも、後ろからもやってきますが……」 「ダレンッ! 俺たちゃソルシエの言う通り、ともかく前から来る奴らを蹴散らしゃ良いんだよっ! 良いな、メニーナッ!」 「ふんっ! 前だけって言うなら、簡単な事よ! ねっ、ルルディア?」 「当然!」  ここは既に、下層の入り口。巨蟻族(ジャイアントアント)の構成も、その半分は兵隊蟻(ソルジャーアント)となっていて簡単に蹴散らすなんて難しい話だ。  しかしそれもクリーク達だけなら、またはメニーナ達だけならって注釈が付く。  今のクリーク達の実力ならば、ダレンと連携を組めばソルジャーアント1体とならば十分に渡り合える。ただこれまでは、数に物を言わせる巨蟻族の戦術に1個体だけに集中するなんて出来なかったろう。 「やあぁっ!」「はぁっ!」  でも今は、1人で1体を相手に出来るメニーナとルルディアが共闘しているんだ。  それほど広いとは言えない通路では、壁や天井を使っても3、4体が通るのに精一杯だ。これなら、それぞれが1匹ずつ相手にするのに問題はない。 「ちょっと、クリークッ! あんた、邪魔よっ!」 「うるせぇ、メニーナッ! こんな狭い処での戦いなんだから、上手い事立ち回れるように考えて動けよなっ!」  まぁ、全く問題が無いとは言い難いんだけどな。 「あ……あの、ソルシエ……さん。ク……クリークさんとメニーナちゃんは仲が悪いみたいなのですが……」  そんな前衛の小競り合いを見て、パルネが不安そうに疑問を口にした。確かに、戦闘中にも拘わらず言い争う姿は連携が上手く機能している様子が伺えず、パルネが案ずるのも仕方のない事ではあったのだが。 「ああ、大丈夫だいじょぅぶ。あれはじゃれ合ってるだけよ。それよりもあいつらに前を任せたんだから、後ろは私たちで食い止めないとね。……イルマ?」 「……うん、大丈夫。今迫って来てる魔物を足止め出来れば、更に後続が合流するまで時間があると思う」  パルネの懸念を一蹴したソルシエがイルマへと確認すると、既に広域探知魔法(ソナー)で巨蟻族の動きを探っていた彼女から答えが返って来た。 「私たち後衛は、目の前の敵に全力で対処するだけが仕事じゃないわ。敵の後続を抑え込む事や、その動きを逐一把握しておく事も重要な役割なの。それに合わせて、使う魔法も考えないといけないからね」  そう独り言つソルシエだが、それはまるでパルネへ言い聞かせているようにも見える。それが証拠に、パルネはソルシエの言葉を真剣な顔で聞き頻りに頷いて見せている。  一方のイルマは、ソルシエに伝え終えるとそのまま前衛の方へと意識を集中していた。 「イルマは回復が主な役割だからね。クリーク達が危機に陥らない様に魔法を使うし、怪我をしたなら回復させるのも彼女の仕事なの」  そんなイルマに意識を向けるパルネへ、ソルシエは追加して説明していた。言外に彼女は、自分たちの役割とその動きを随時言い聞かせている。……ほんと、良いお姉さんと言うか先生役とでも言おうか。 「……さてと。さっきも言ったけど、私たちは後方から迫る増援の足止めよ。さて、ここで質問なんだけど、あんたならどうやって巨蟻たちの挟撃を阻止する?」  そんな話をしている内に、通路の先より無数の影が視認出来た。言うまでもなくそれは、群れを成して襲い来る巨蟻族だ。 「え……あの……。もう、そこまで蟻が来ているのですが……。と……とにかく、攻撃して全滅させないと……」  見る見ると大きくなってゆくジャイアントアントの影に、流石のパルネも焦りを隠しきれないでいた。確かにこの場面、のんびりと戦い方を話している場合じゃないよな。  それでも、当のソルシエに慌てている様子は伺えない。この辺り、それなりに場数を踏んできた成果が表れているんだろうな。 「ブッブ―――ッ! はっずれぇ。って言うか、あんたまた倒れる気なの? さっきはそれで、気を失ったんでしょ?」  そんなパルネとは対照的に、ソルシエは落ち着いている……を通り越して、どこかふざけている風にも見える。 「……見てなさいよ」  不思議そうな表情を見せるパルネに、ソルシエは自信満々で一歩前に出た。……そして。 「凍てつく平原っ! 凍み亘りなさいっ! ……氷原(リョート・サフル)っ!」  呪文を詠唱し、ソルシエは迫りくる蟻の群れへ向けて魔法を行使した! その魔法は、決して高位と言えるものじゃあ無かった。  発動と共に、ソルシエより前方の通路が地面と言わず壁と言わず天井と言わず……全てが白い氷に被われてゆく! それはまるで、先ほどパルネが使用した魔法に酷似している……んだが。 「キキィッ!」「ギ……ギィ」「キュキュキュ」  規模は兎も角として、パルネの使った魔法「凍原氷突曠野(グラス・デグラム)」とは違い凍らせたのは蟻たちの足元だけだ。巨大で鋭利な氷柱が突起した訳でもなく、1匹たりとも殺傷していなかった。 「あ……あのぉ。全部……生きてますけど……?」  それが疑問だったんだろう、パルネは恐々とソルシエへ質問した。敵意を持って迫りくる魔物を倒す事は、普通に考えれば当然の事かもな。 「うん? そりゃ、そうよ。だって私たちの役目は足止めだもの」  そんなパルネへ向けて、ソルシエはシレッとそう答えたんだ。ただしそれだけを告げられても、当のパルネは良く理解出来ていないみたいだけどな。 「……ああ、大丈夫よ。少し強めに、広範囲を設定して魔法を使ったからね。この氷も、当分は解けないから」  そんなパルネに何かを感じ取ったのか、ソルシエは更に付け加えて説明したんだけど、それでもパルネには全てが納得出来る事ではなかったみたいだ。  考えてみれば、足元を固められて動きを止められているとはいえ、その殆どの蟻が生きているんだ。氷が解けた瞬間に襲って来ると考えれば、気が気じゃなくなるのも無理からぬ話か。  でも、俺もこれだけは言える。成長しレベルも上がっているソルシエの魔法は、以前よりも遥かに強力に放つ事が出来るだろう。  そのソルシエが「少し強く魔法を使った」と言ったんだ。恐らくは、かなりの時間ジャイアントアントをその場に縫い留めておく事に疑いなんて無いだろうな。 「……止めを刺さなくて……良いんですか?」  でも、そんな事をパルネに察するなんて出来ない。何と言っても即席チームで、お互いの事を良く把握出来ていないんだからな。 「んん? そんな事、する必要なんて無いわよ。さっきも言ったけど、私たちの役目は敵の足止めなんだから。……それにほら、見て」  ソルシエが足掻くジャアントアントの方を指さしたので、パルネは釣られるようにしてそちらへと視線を向けた。そこには、通路の壁に縫い留められて動き出す事の出来ない蟻の群れ、それが延々と続いている。  更にその遥か向こうには、こちらへ来たくとも仲間の身体が壁となり近づけない集団がモゾモゾと蠢いている。  決して知能が高いとは言えない巨蟻族には、迂回して違う道から接近を試みると言う思考は持ち合わせていないみたいだ。ただ愚直に、本能のままに敵の排除を行おうと最短距離で進む事に固執していた。  ソルシエの精製した氷は強固で、ソルジャーアントの力を以てしても抜け出す事は不可能みたいだな。更に広範囲を被う氷が周囲の気温も下げ、囚われている蟻共は勿論の事、近付こうとする蟻の動きも阻害している。 「これなら、当分は安全でしょ? 前方の突破に時間が掛りそうなら、重ね掛けすれば良い話だし、それほど魔力も使わないで済むしね。まぁ、時間が掛らないのが一番良いんですけど!」 「うっるせぇ、ソルシエッ! こんなの、すぐに突破してやるっての!」  ソルシエの最後だけ殊更に力を込めた台詞に、クリークがそちらへと向く事なく吠えた。明らかな挑発に、クリークも発奮させられたんだろう。  それに呼応するようにダレン、メニーナ、ルルディアも気合が入ったのか、先ほどよりも早いスピードで前方の蟻の群れは徐々に駆逐されて行ったのだった。
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