最下層 ―更に奥……そして―

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最下層 ―更に奥……そして―

 クリーク達とメニーナ達は、先を争うようにして巨蟻族(ジャイアントアント)たちを駆逐して行く。その速度は、それぞれが別々に行動していた時のそれを遥かに上回っていた。 「でぇいっ! クリークさんっ!」「応っ! とりゃあっ!」  ダレンとクリークの連携も、どんどんとその精度を増していた。流れる様な入れ替わりで、適宜効果的な攻撃を加えていく。 「やあぁっ!」「はあぁっ!」  それに刺激されてか、メニーナとルルディアの攻撃もより苛烈さを増していた。  元より兵隊蟻(ソルジャーアント)よりも強さは上だからな。安定して各個撃破が出来る状況なら、その攻撃力も存分に発揮されるってもんだ。  十数匹は群がっていた巨蟻の群れも、間もなくして一掃されていた。とはいえ、ここに長居を続ければすぐに後続が襲って来るだろうけど。 「さぁ、みんな。すぐにここを移動しましょう!」  一戦闘を終えて弛緩した空気が流れる中、それを引き締めたのはイルマの一声だった。 「ええぇ……。少し休んでからでも良いだろう、イルマ?」  流石にこの数を相手にするのには骨が折れたんだろう、クリークはその場に尻餅をついて抗議の声を上げていた。  口には出さないけれど、ダレンもメニーナもルルディアでさえその意見には同意かも知れない。全員肩で息をして、多量の汗を掻いているからな。 「……私たちは移動しますけど、そのまま蟻の餌になりたいなら好きなだけここに居ても良いですよぉ」  そんな不満の声に対して、イルマが不気味な笑みを浮かべて答えていた。なまじその声音が優しいだけに、受けた畏怖も相当なものだったんだろう。 「べ……別に、今すぐ休みたいって訳でもないしな! 移動しよう! うん、そうしよう!」  聞きようによっては先ほどとは真逆の意見を口にして、クリークはすぐさまスックと立ちあがった。  それに釣られるように……って訳じゃあないだろうけど、ダレンとメニーナにルルディアも立ち上がり直立不動の状態となっていたんだ。こりゃあ、イルマの脅しが殊のほか利いたみたいだな。  兎も角、駆逐力の上がったクリーク達は早々にその場を後にしたんだ。  魔物の増援が合流する前に倒し切った事で、クリーク達は移動に余裕が持てていた。  特に巨蟻たちは仲間が殺られた地点を脇目も振らず目指しているので、逆方向へと向かう彼等彼女等は少し身を隠すだけでやり過ごす事が出来ていたんだ。 「敵の特性を確りと把握して考えれば、戦闘を減らして安全に移動する事が出来るのです」  イルマの広域探知魔法(ソナー)で周囲の状況を把握して安全地帯と見定めた場所で小休止を取りながら、彼女はメニーナ達に説明していた。  以前からイルマの事を姉のように接しているメニーナ達は、どこか素直にフンフンと頷き聞き入っている。 「あなた達は3人組なんですから、その役目は自ずとパルネちゃんが請け負う事になるでしょうが、余裕があるならメニーナちゃんやルルディアちゃんも身に付けておくと良いですよ」  年下……と完全に思い込んでいるイルマの接し方は、正しく妹たちを諭すみたいな口ぶりだな。  まぁメニーナ達も、イルマにはそんな扱いを受けても何ら不満なんて無いみたいだけどな。それどころか、むしろその方が嬉しいみたいまである。 「……ったく。何で俺たちの時とイルマでは、こうも態度が違うんだってぇの」  そんな光景を見つめていたクリークが、冗談とも本気とも取れる口調で愚痴った。その言葉は、ソルシエとダレンへ向けている様にも見えるんだけど。 「はぁ? あんたとあたしを同じ扱いにしないでよね。少なくとも、パルネは私の言う事を真面目に聞いてくれているんだから」  ソルシエはクリークの言には異論があるようで、バッサリと切って捨てていた。 「はぁ? なんだそれ? お前の事が怖くて、渋々聞いてるフリしてるんじゃないのか?」 「はんっ! あたしは誰かれ構わず喧嘩売ったりしないからね。誰かさんと違って」 「なんだとぉ!」「なぁによぉ!」  メニーナ達のイルマへの対応を見て、何故だかクリークとソルシエが喧嘩を始めていた。その間に挟まれたダレンが「まぁまぁ」と宥めようとしている。 「……あの2人、止めなくていいの?」  そんな光景を目の当たりにしたメニーナが、こっそりとイルマへ確認したんだが。 「ふふふ……そうね。ダレンが間に入れてるって事は、あれはいつものやり取りよ。放っておいても問題無いわね」  イルマの方は、何ら気にした様子もなくにこやかに笑って流していた。彼女の言っている通り、ぎゃあぎゃあと騒がしい2人だが特に険悪と言った風情は無い。 「ふぅん……。そんなもんなのかな?」  もっともメニーナにしてみれば、そう言った関係を持つ者が近くには居なかったので今一つピンと来ていないみたいだけど。 「でも……メニーナちゃんも……ルルディアちゃんとそんな感じ……よね?」  パルネの言った通り、俺から見てもクリークとソルシエの関係は、そのままメニーナとルルディアとのやり取りと同じだ。 「ええっ!? 私とルルディアがぁ!?」「じょ……冗談じゃないわよ!」  ただメニーナとルルディアにしてみれば、どうにも受け入れ難いみたいなんだけどな。と言うか、恐らくこれは照れているんだろう。 「わ……私は、こんな奴と仲良くなんて……そんな事は……」  勢いあまって否定したいんだろうメニーナだけど、どうにも完全否定するってところまではいかないみたいだな。 「あ……あたしだって、メニーナなんか……」  そしてそれは、ルルディアの方も同じみたいだ。いつもみたいな売り言葉に買い言葉ならポンポンと言葉も出て来るんだろうけど、改めて落ち着いた場で……ってなると照れが入るみたいだな。  それが証拠に、2人の顔は確りと赤く染まっている。 「一緒に戦う仲間との関係なんて色々ですし、すぐに分からないかも知れませんね。でも、互いに信じられる存在となる事だけは意識して忘れない様にしてね」  いがみ合っていても口論が絶えなくても、決定的に嫌悪していないのならばその関係は決して悪いものじゃあ無い。普段は兎も角として、戦いの場では互いに背中を預けられるようになって欲しい。  クリークとソルシエがそうであるように、メニーナとルルディアもそうあって欲しいと言うイルマの思いが籠った言葉だった。  不完全ながらも、上手く機能しだしたクリーク達は実に快調に奥へと進んでいた。  極力戦闘を回避し、血気に逸るクリークとメニーナを宥め乍らも時に大きく迂回し、戦闘となったならば出来るだけ迅速に片を付けて移動する。これを繰り返す事で不要な戦いを避け、上手く巨蟻の行動を制御していた。  拙いながらも効率的に動く事で、より体力や魔力の消費を抑えて進めていた。だからこそ、ここまで来る事が出来たんだろうな。  ―――ジャイアントアントの巣……最下層。  この巣はまだ年若い「女王蟻(クイーンアント)」が居座っているんだろう、地下10層程度の深さしかない。だからこそ、今のクリーク達でも到達する事が出来たんだろうけどな。  しかし如何に若いとは言え、クイーンアントの強さは折り紙付きだ。どれだけ贔屓目に見てもクリーク達は当然、メニーナ達でも太刀打ち出来ないだろうな。 「……イルマ。……どう?」  先ほどから広域探知魔法で周囲を伺っているイルマに、ソルシエが静かに声を掛けた。  この階層の異様さは、そこに降り立った瞬間に全員が感じ取っていた。何故なら、見える範囲で巨蟻族の姿が一切確認出来なかったんだからな。  それまでの層では、探知魔法を使うまでもなくほとんど全員が巨蟻の姿を見つけ気配を感じ取れていた。下層に降りる程その数が増えているんだから、それも当然だろうか。  どんどんと広くなる巣の規模に反して、蟻の姿が増えていく……これがジャイアントアントの巣の厄介な処でもあるんだ。  でもこの階層は、それが殆ど無かったんだからな。ここが最下層だと知らないクリーク達でも、警戒するのは当然だと言えた。 「……おかしいわ。……ジャイアントアントは……いる。それも……かなりの数。でも、殆ど動かずにいるの」  十分に時間を掛けて広域探知魔法(ソナー)の使用を終えたイルマが、どうにも納得の出来ないと言った顔で感想を述べたのだった。
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