最下層 ―女王の宮―

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最下層 ―女王の宮―

 広域探知魔法は、何も魔物の動きを随時把握出来るものじゃあ無い。せいぜいが、発動直後にその位置を知る事が出来る程度だ。  自分を中心とした円形に探索を行い、生命体の存在を光点にしてその場所を頭の中に再現するだけでしかない。ある程度の力や生命力、レベルに制限を掛けられるから、極端に弱い魔獣や野生動物なんかは除外出来るって優れモノだな。  広大な地上なら一度探知すれば、得た情報から考えて行動を起こしても十分に間に合う。  でも地下層なんかの狭い場所では、魔物の動きは具に変わる。一度調べても、暫くすればすぐに移動して接近されるかも知れないんだ。  それを防ぐ為に、こう言った地下迷宮では何度か魔法を連続で使用し、光点の動きから魔獣が行動する速度や方向を算出するんだが。 「これだけ巨蟻族(ジャイアントアント)の反応があるのに、殆ど動きが無いなんて……」  この層に降りて来て何度か探知魔法(ソナー)を行使したイルマは、それまでと余りにも違う反応に驚いていたんだ。  他の場所ならばまだしも、ここは「ジャイアントアントの巣」だからな。これまでの層なら巨蟻は忙しなく動き回り、それぞれの役割を黙々と熟していた筈だろう。  寧ろ、ジッと動かない個体の方が珍しいかもな。傷ついて動けないか、その場で巣を修復していたり、幼生の世話をしていたりといったところか。  それでもそんな蟻は数匹程度で、殆どの多くの蟻は動き回っている。 「それって、『ジャイアントアントの巣』を抜けちゃったって事?」  イルマの呟きを聞いて、メニーナがキョトンとした顔で小首を傾げて反問した。この台詞だけを聞けば、まぁなんてお子様なんでしょうって思うだろう。  でもこのメニーナの言葉に、クリークやルルディアも賛同している雰囲気を醸し出していた。この辺り、思考レベルで2人とも同じなんだろう。 「……バッカねぇ。この周辺を見回せば、そうじゃないって事が分からないの?」  そんなメニーナの意見に、ソルシエが呆れたように答えた。もっともそれはメニーナに向けられたものじゃあ無く、どちらかと言うとクリークを小馬鹿にしたものだったんだが。 「じゃあ、何でジャアントアントが動いてないってんだよ?」  それを正確に汲み取ったクリークは、唇を尖らせて詰問する。それほど強い口調や態度とならなかったのは、言われてみればその通りだったからかもな。  巨蟻の巣の内部は、蟻の分泌物を塗布されて形成されている。この分泌物は土を固め、崩れにくくすると共に移動をスムーズにして温度も一定に保つ効果がある優れモノだ。  そして今クリーク達が立っている場所から見える範囲で、この分泌物が塗り固められた通路が広がっている。それはそのまま、ここがいまだに巣の中であると言う証左に他ならない。  ソルシエの言葉はそれを示唆したものだったんだけど、それじゃあイルマの呟きに対する疑問は解消されないからな。クリークは、その部分をソルシエへと聞いた訳なんだが。 「多分……。ねぇ、イルマ?」 「……うん。多分ここが、この巣の最下層だと思う」  ソルシエには思い当たる節があったんだろうが、念の為にイルマへと確認し、それにイルマが肯定した口調で答えた。 「さ……最下層ですか!?」  そんなやり取りを聞いて、ダレンが驚きの声を上げた。それほど深く進んできたと言う実感が湧かなかったんだろうな。 「なんで、そんな事が分かるのさ?」  そしてルルディアが、もっともな質問をしたんだ。何を根拠にそう言い切るのか、確かに不思議に思うのも分からないではないんだけど。 「……はぁ。あんた達も、クリークやダレン同様に調べてないクチなのねぇ」  それに対して、ソルシエが大きく溜息を吐いて返答していた。そこには、多分に呆れた成分が含まれている。  クリークやダレンについては、イルマやソルシエが率先してクエストの対象となる魔物や生息地に付いて調べてくれるんだろうな。だから、彼らがこの「ジャイアントアントの巣」について知らなくても対応可能だろう。  ……まぁ、ソルシエには散々馬鹿にされるんだろうけどな。  でもメニーナ達が殆ど調べていないってのは、ソルシエにしてみれば準備不足も良い処で呆れる以外に出来ないってところだろう。  行き当たりばったりの力技でどうにかなるってのは、案外少ないからな。生き延びる為には下準備が必要だと、全く考慮に入れていない彼女達に呆れ返ったのかも知れない。 「……良いわ、簡単に教えてあげる。最下層には他の層と違って、所謂『働き蟻』は殆どいないの」  それでも元々が姉貴肌なんだろうソルシエは、唇を尖らせて拗ねたような顔をするメニーナやルルディアを見て世話を焼きたくなったみたいだ。イルマの発言の種明かしを開始した。 「最下層にいる巨蟻族の大半は『親衛蟻(ナイトアント)』と呼ばれる、女王蟻を護衛する蟻なの。こいつ等は動き回らずに、要所要所でジッと身を固めて守りに付いているのよ。だから動く蟻の少ないこの層は、最下層だと当たりが付けられるの」 「そいつ等って、強いの!?」  ソルシエの話を聞いて、メニーナが目を輝かせて問い質してきた。それが何を意味するのか、その場の誰もが察する処だった。 「……ええ、強いわ。調べた限りでは『兵隊蟻(ソルジャーアント)』よりも遥かに……ね。しかもその上には、更に強い『従者蟻(バトラーアント)』がいるって話よ」 「従者蟻!?」「従者蟻!」  メニーナの反応に大きく溜息を吐くも、ソルシエは「親衛蟻」について答えた。更にその上位となる「従者蟻」の存在も話したんだけど、どうやらそれは逆効果だったみたいだ。  メニーナと、更にクリークも喜色を発してソルシエの言葉を反復していた。全くこの2人は、自分の実力や置かれた状況を全然理解して無いんだからな。  メニーナやクリークはこれまでの戦闘が上手く行っていた事で、ナイトアントやバトラーアントの強さを低く見積もり過ぎているけど、実際はソルジャーアントよりもかなり強い。  今のクリークとダレンの連携じゃあ、恐らくはナイトアントに勝てるかどうかと言った処で、メニーナやルルディアでも簡単に倒す事なんて不可能だろう。  でも若いってのは、怖いもの知らずってのでもある。  それが強みであり、大きな落とし穴でもあるんだけど……果たして、大丈夫だろうか? 「それじゃあ、慎重に進むとするか。イルマ、指示を頼む」  それでも、クリーク達に撤退すると言う文字は今のところ無いみたいだ。それどころか、未知の強い魔物に興味津々って感じだな。  ……それも良いだろうな。とりあえず手合わせをしてみて、敵わなければ逃走を選び、いずれは再戦も良いだろう。  ただ今のこいつ等に、それが出来るのか否か……。  イルマの調べた巨蟻の居る場所に注意しながら、クリーク達はゆっくりと進んで行く。その間も、イルマは定期的に探知魔法を繰り返していた。  如何に普段は動きを見せない親衛蟻(ナイトアント)とは言え、何が切っ掛けで動き出すか分からない以上、彼女のこの行為は正しいと言える。 「……とりあえず、単体を狙って戦ってみましょう。その上で、今後の行動を決めます」  静かに口にしたイルマの言葉に、他の全員が頷いて応じる。 「……その角を曲がったところに、反応が1つあります。動きを見せない所から、恐らくはナイトアントかと」  全員の反応を確認して、イルマがそっと指さしながら告げる。それを聞いたクリーク達前衛陣は、静かに戦闘準備を取った。……そして。 「防げ、御盾よ! 神の加護をこの場に顕現し給え! 聖銅の御盾(クブルム・シチート)!」  イルマがクリーク達に防御魔法を掛け、その発現を確認した彼らは一気に飛び出し、そこにいた巨蟻族へと襲い掛かったんだ!
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