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最下層 ―頑強の奈落―
イルマの唱えた魔法により防御力が向上されたクリークとメニーナ、ダレンにルルディアは、イルマの指し示した角を曲がると同時に戦闘状態へと突入したんだ!
「うわぁああっ!」
知らずか、クリークは怒声を上げて上段に構えた片手剣を、勢いのままに目の前の物体へと斬り下ろした! その直後!
「な……なにっ!」
明らかな不意打ち! そして申し分のない攻撃のタイミング!
それにも関わらず、その物体……金属質の青黒い体を持つこれまでとは違った巨蟻族、親衛蟻は素早く向きを変えるとその鋭利な前足で彼の攻撃を弾いて見せたんだ!
ナイトアントの前足は兵隊蟻のそれとは違い、まるで巨大な曲刀のように鋭くなっている。頑強な胴体部よりも更に硬くなっており、下手な鈍ら武器よりも余程攻撃力は高いと言える。
だが、クリークが驚いたのは攻撃が弾き返されたからだけじゃあ無い! 親衛蟻はクリークの斬撃を防ぐと、そのまま流れる様にもう片方の前足で斬りつけて来たんだ!
その驚くべき速度と滑るような攻撃を、完全に胴体がガラ空きとなっているクリークには防ぎようがなかった!
「クリ……ッ! あぶ……っ!」
正にクリークの胴を薙ごうとしたその瞬間、ナイトアントの攻撃を飛び出したダレンが受け止めた!
彼の両手には鋼板を埋め込んだ篭手が装備されている。甲高い金属音を周囲にまき散らして、ダレンは間一髪でクリークへの攻撃を防ぐ事に成功した! ……んだが!
「う……うわぁっ!」
その途端にダレンは、後ろにいたクリークをも巻き込んで大きく後方へと吹き飛ばされる! 親衛蟻の攻撃は、鋭いだけではなくその力もかなり強かったんだ!
「こんのぉっ!」
その一連の攻撃を目の当たりにしたメニーナは、激情に駆られるように巨蟻へと突っ込んだ! それをナイトアントは、素早く向きを変えて迎撃する!
「うおおぉっ!」
雄たけびを上げて放たれるメニーナの連撃を、親衛蟻は驚くべき速度で受け。
「こ……こいつっ!」
更には反撃も行っていたのだ! 両手に剣を持つメニーナはどちらかと言えば防御が苦手であり、このままでは攻守が交代し彼女が追い込まれるのも時間の問題と思えた。
「はあぁっ!」
しかしそこへ、ルルディアが攻撃に加わったんだ! 彼女の攻撃はナイトアントの腹部を捉える事に成功する!
明らかに目の色を変えた巨蟻は、標的をルルディアへと変えようとするが。
「あんたの相手は私だってぇのっ!」
更に速度を上げ苛烈さを増したメニーナの攻撃に対抗しなければならず、巨蟻はその目論見を挫かれた形となった。
しかし再び身体を動かしてメニーナとルルディアを正面に捉えた親衛蟻は、2人を相手取り互角の攻防をして見せた! 不意を付けなければ、今のメニーナとルルディアの技量じゃあ2人掛かりでも手傷を負わせるのは困難みたいだな。
その時、不意にナイトアントの身体がわずかに浮き上がり、苦痛にもがく様な素振りを見せる! 巨蟻の真下から、鋭く太い氷柱が数本突き出し胴体を穿ったんだ!
「あんたの相手は前衛陣だけじゃないのっ!」
ナイトアントを下方より貫いたのは、魔法により創り出された鋭利な氷塊! そしてそれを放ったのは、言うまでもなくソルシエだった。
「イルマ、どう?」
「……動き出してるっ! かなり速くこっちへ向かってるわっ!」
そしてソルシエは即座にイルマへと質問し、イルマもすぐに返答した。その内容は言うまでもなく、他の場所にいるナイトアントの動向についてだ。
巨蟻族の習性として、戦闘を始めたり不審なものを発見した場合はその個体の場所へと集結する。
それはこの層を守る親衛蟻も同じな訳だが、この強さの蟻に群がられては今のクリーク達ではあっという間に全滅してしまうだろう。
その前に、何としても目の前の巨蟻を倒して移動しなければならないんだ。
「このやろうっ!」「だあぁっ!」
ナイトアントがメニーナとルルディアに集中しては、その後方がガラ空きとなるのは道理だ。そこへ、体勢を立て直したクリークとダレンが一斉に襲い掛かった!
比較的硬度の低い腹部ならば、今の2人でも十分に手傷を負わせる事が出来る。
そこへ、今度は上方から鋭利な氷弾が巨蟻に襲い掛かった! 前衛陣に気を使い先ほどよりも威力の低い攻撃だが、それでも魔法で具現化した氷の礫はナイトアントの身体に突き刺さる!
「ふぅっ!」「せえいっ!」
そして止めに、ルルディアの攻撃が親衛蟻の胸を貫き、その直後に振り下ろされたメニーナの一撃が頭部を撥ねたんだ!
如何に屈強なナイトアントと言えども、頭部を失っては動き回る事は出来ない。ほどなくして、巨蟻はその動きを止めた。
「……ふいぃ」「はぁ……はぁ……」「な……なによ。案外……強いじゃない」「ふ……ふん。楽勝よ、楽勝」
クリークとダレンが荒い息を整える事に精一杯だったのに対して、メニーナとルルディアは悪態をつき強がっても見せていた。この辺りが、双方の地力の違いと言えなくもないな。
「みんな、すぐに移動しましょう! もうすぐナイトアントの群れが到着するわ! 早くっ!」
でも、戦闘後の余韻に浸っている場合じゃない。仲間の危機に、巨蟻族が一斉に移動を開始しているんだからな。
「お……おうっ!」
本当はゆっくりと一息つきたかったんだろうけど、流石にそんな場合ではないと察したんだろうな。クリークが応じると、一同はイルマの案内で早急に移動を開始したんだ!
親衛蟻と言えども、巨蟻族である事に変わりはない。今回は、それが幸いしたみたいだな。
「……どうだ、イルマ?」
通路の死角に縮こまるように身を寄せ、声を顰めてクリークがイルマへ質問した。それは取りも直さず、近付いて来るナイトアントの存在を問うものだった。
「……うん。すぐ近くには居ないみたい」
それにイルマはこう答えたんだ。
巨蟻族は仲間の危機に、火急に駆けつける。余計な道は通らずに、最短距離を最速で移動する。それは逆に、避難方向が明確に判断出来るって裏返しでもあったんだ。
それを計算に入れれば、巨蟻共と遭遇しない道を選ぶのは比較的簡単だからな。イルマが安全な場所を選ぶのも、それほど苦ではなかっただろう。
ただ……問題はここからだったんだ。
―――……色んな意味でな。
「でも、全部の巨蟻族が移動しているって訳じゃないみたい。すぐ近くの蟻は移動してるけど、少し離れた親衛蟻はその場を動いていないの」
「なんだって!?」
「それじゃあまるで、知能があるみたいじゃない!」
イルマの回答に、クリークとソルシエは驚きを露わにしていた。
これまでの巨蟻族なら、その層にいる蟻は一斉に襲われている仲間の元へと集まって来る。それは思考から来る行動ではなく、どちらかと言えば本能に近い動きだろうか。
それを利用して逆を突き、蟻の居なくなった場所を素通りするって事も出来ていたんだ。……まぁ、数が数だからそう簡単でも無かった訳だけど。
しかしこの層の蟻は、まるで自分の役割を果たす為に持ち場を死守する様な動きを見せているんだ。これじゃあ例え一時的に蟻たちを1か所に集める事が出来ても、その裏をかくってのは容易じゃないだろうな。
「……これじゃあ、この先も……何回か戦わないと……」
「……う」
パルネの呟く様な意見は的を射たもので、メニーナも息を呑んで閉口するしか出来なかったみたいだ。
実際、あの強さの魔物と何度も相対すれば消耗は上層の比じゃないだろう。
それに時間を掛ければ巨蟻が群れを成して集まり、あっという間に周りを囲まれてしまうのは言うまでもない。しかしメニーナとルルディアの技量を以てしても瞬殺は不可能だから、その可能性は無視出来ないと来ている。
「……それで? これからどうするのよ?」
そこでルルディアが、この話の核心に迫る質問を口にしたんだ。
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