最下層 ―英断の先―

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最下層 ―英断の先―

 ルルディアの台詞はとても単純なものだけど、この場での行動選択を決める全てを含んでいた。  色々と考えなければならない事がある。  ……親衛蟻をどうするのか?  ……戦うのか? それとも、只管に逃げに徹するのか?  ……そもそも、このまま先へと進むのか?  それが分かるその場の一同は、何と言い返せば良いのかすぐには判断が付かないみたいだった。  誰も、地上への帰還は口にしなかった。もしかするとイルマ、ダレンにパルネくらいはそう考えていたかも知れない。  でもクリークやメニーナ、ルルディアにソルシエの心情を考えて発言を保留したんだ。下手に感情的な意見を言ってしまっては、この場の雰囲気すら損ないかねないからな。  とは言え、クリーク達も容易に進軍を主張出来ないでいた。  先ほどの戦闘で、親衛蟻(ナイトアント)の強さは十分に理解出来たんだ。勝てなくはないが苦戦は免れない。1匹相手でそうなんだから、集団で襲われた時の事を考えれば楽観論なんて主張出来る訳はないよな。  ただし、いつまでもここで悩み続ける時間も残されてはいなかった。 「私は……進みたい」  絞り出すように小声で……それでも確固たる意志を以て、メニーナが主張した。十分に予想される答えだったが、それだけに反論は簡単だとも言えたんだけど。 「せっかくここまで来たんだもん。行けるところまで行ってみようよ」  そう続けられてしまっては、用意していた台詞を口にする事は誰にも出来なかった。  クリークやメニーナは勿論だけど、イルマやダレンもれっきとした冒険者なんだ。慎重論が多い彼女達も、メニーナの言った「行けるところまで行きたい」と言う言葉には共感する部分もあったんだろうな。  僅かな沈黙。そして逡巡。 「……私も……行ってみたい」  それを破って最初に口を開いたのはパルネだった。  落ち着いた雰囲気のあるパルネはイルマ寄りだと思われていたようだけど、そんな彼女の意見は一気にこの場の情勢を傾けたんだ。 「そ……そうですね。ボクも、行けるところまで行ってみたいです」  続いてダレンが意思表明した。こうなれば、殆ど方針は決したみたいなもんなんだけど。 「イ……イルマは……どうなんだ?」  パルネ達の言葉を受けて、クリークが探るようにイルマへ意見を求めた。クリーク達のリーダーはクリークが務めているものの、影なる真のリーダーはイルマなのかも知れないなぁ。  まぁ、パーティの生命線を握り常に冷静な判断で決断する彼女を、誰もが信頼しているってのも間違いじゃない。 「……行ってみましょう」  クリーク達の熱に充てられたのか、それとも彼女もやはり冒険者だったのか。俺から見ても冷静とは言い難い決断を彼女は口にしたんだ。  とは言え、今俺がここで出て行って彼らを止めるかと言えば、そんな事はしないけどな。  なんせ、これは彼らの冒険なんだ。ここで見事に目的を果たして生還しようと、もしくは力及ばず朽ち果てようとも、それらは彼等彼女等が選んだ結末だからな。  ここで生き残ることが出来るかどうかは結果次第だし、俺はその決断を尊重しようって考えてるんだから。  それにしても……目的が随分と変わってきている様な気がするんだけどなぁ……。 「よっしゃぁ!」「やったぁ!」「そう来なくっちゃね」  イルマの言を聞いて、クリークとメニーナにルルディアが歓喜の声を上げた。こいつ等には、恐怖心ってものが無いのか? それとも、イルマに絶大な信頼を寄せているのか? 「でも、私の指示には必ず従って下さい。行けるところまで行こうとは思いますけど、これ以上は無理だと判断したらすぐに撤退を主張します。その時は、一言も反論せずに行動してください」 「おう!」「わかった!」「任せてよ」  イルマは真剣そのものの表情を浮かべて、至極もっともな注意を喚起した。兎角調子に乗りやすいクリーク達には、これだけ言っても効果は薄いんだろうな。  その後すぐに返って来た反応を聞けば、ダレンやソルシエが苦笑いを浮かべるのも仕方が無いだろう。 「……ソルシエ。あなたの魔力残量はどれくらいですか?」  そんなクリーク達へ小さく嘆息しながらも、イルマは現状確認を行った。クリーク達前衛陣は外傷から判断出来る体調も、魔法を主体とする後衛陣は聞かなければ分からないからな。 「うぅん……。全力戦闘なら後3回が限度かな? ……あんたは?」  答えたソルシエは、そのままパルネに話を振った。彼女は先ほど、殆ど尽きるまで魔力を消費しちまっているからな。 「だいぶ……戻って来た。……でも……今は後1回くらい大きい魔法を使えるくらい」  そしてパルネも、瞑目して自分の身体に問い掛けるようにして返事をしたんだ。やはりこんな場所では、そう簡単に魔力が戻る事はないよなぁ。 「……そう。それじゃあ、ソルシエは自分の判断で魔法を使って。パルネちゃんは、私が言うまで魔法を使わないでね。ここから先はクリークやダレン、メニーナちゃんやルルディアちゃんに頑張ってもらう事になるから」  それぞれの答えを聞いたイルマは、淡々と現実だけを口にした。それを聞いたクリーク達も、先ほどまでの浮ついた気配を引き締めて頷いて応じていた。  魔法の援護がなく戦闘するとなれば、如何に4人がかりとは言え苦戦は免れない。ただでさえ強い魔物が相手なんだから、楽観出来る筈はないよな。 「じゃあ、守りが手薄なうちに移動しましょう。こちらが上層への階段だったから、恐らくはこっちが……目的の場所ね」  地図記録役でもあるイルマは、自分たちが下りて来た方向へと目をやった後、進むべき方角を指さして告げた。  そして目的地……には、間違いなく女王蟻(クイーンアント)が鎮座している筈だ。それを思えば、緊張感がこの場に満ちるのも当然だろう。 「……行こう」  そしてクリークの声に合わせ、一同は移動を再開したんだ。  イルマの指示のもと、クリーク達は慎重に且つ安全な道を選び進んで行った。それでも、全く無事と言う訳ではなく。 「メ……メニーナッ! そっちはまだかよっ!?」 「こ……こっちは、もう限界ですっ!」 「う……うるさいっ! もうちょっと我慢してっ!」 「メニーナッ、よそ見をしないでっ! ……来たわよっ!」  今度は親衛蟻(ナイトアント)2匹を相手取り、クリーク達は正しく死闘を演じていたんだ! 「ソルシエッ! 先にメニーナちゃんたちの加勢にっ! クリーク達は、私が援護に回るからっ! パルネちゃんは、周囲の警戒をお願いっ!」 「分かったわよっ! ……たくぅっ!」「うん……分かった」  僅か2匹とは言え、その能力はクリーク達とメニーナ達を併せても僅かに上をいかれるほどに強い。  先制攻撃でソルシエの魔法により周囲を氷が被い、巨蟻たちの運動能力を引き下げている。それでも、クリーク達が蟻たちの力を上回ることは無く苦戦を強いられていたんだ。 「……氷柱魔法(グラスエナ)!」「やあぁっ!」「でえぇいっ!」  加勢に入ったソルシエの魔法がナイトアントを撃ち、怯んだところへメニーナとルルディアの波状攻撃が繰り出された!  ある意味で必殺の連携であるこの攻撃で、漸く1匹の親衛蟻は沈黙した。そしてメニーナ達は休む間もなく、防戦を強いられているクリーク達の戦いに介入したんだ。  この場での戦いを何とか終えたクリーク達は、休む間もなくすぐに移動を開始した。ここに留まっていては、すぐに増援が駆けつけるんだから仕方がないよな。  それでも、イルマの指示は的確だった。慌てている状況下でも、最適な道を探り出しては全員を誘導する。  だからクリーク達も、すぐに連戦しなければならないって事にはならなかったんだ。これは大きい。  その後も散発的な戦闘を繰り返し、彼らは最下層の最奥へと歩を進めて行ったんだ。  そして一同は、通路の先に開けた空間がある事を確認した。 「……なぁ。あそこって……」  クリークが呟くと同時に、その場の全員がイルマへと視線を向けた。すでに彼女は広域探知魔法(ソナー)を使って探りを入れていた。  ……そして。 「……うん、間違いないと思う。あそこには、反応が3つしかない。多分……護衛の蟻と女王蟻(クイーンアント)と思うわ」  イルマは息を呑んで、言葉を選びながら静かに告げたんだ。
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