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幕間①:今明らかになる『黄昏』出生のひみつ
「目覚めましたか」
夜の闇を背後に、彼女は立っていた。絵に描いたような満天の星空さえ、彼女を照らす照明のようだった。
その夜に目覚めた魔物が初めて目にしたのはは、浅黒い肌に赤い髪、そして血で染めたような朱色の瞳、一国をも傾けたその美貌だった。その魔物は、自身がこの美しい女性に仕え、尽くすために生まれてきたのだとすぐに悟った。
「自身のことについて、覚えていることはありますか?」
容姿と寸分違わない美しい声で彼女は尋ねた。その魔物は首を振った。
「名前、思い出、知識、どんな些細なことでも構いません。覚えていることは?」
「何一つ、覚えておりません」自身の声にさえ、聞き覚えは無かった。それでもその魔物は、彼女に対して出来る限り誠実でありたかった。
「……いえ。言葉と、幾許かの知識が残されています」
「幾許かの知識とは?」
「……我ら夜の民と、『器の魔法』について、です」
「結構。……私はナハト。夜の民の女王です。今から貴女について、教えてあげましょう。畏まって聞きなさい。そして返事は『はい、ナハトさま』とだけ答えるように」
「はい、ナハトさま」
返事を受けてナハトは微笑んだ。
「まず、貴女は『器の魔法』により生み出されました。この私によって生み出されたのです。名誉あることでしょう?」
「はい、ナハトさま」
「そして貴方には役目があります。一つ、あなたは私が向かう場所に行き、敵を祓う剣となりなさい。そしてその後は私が座る椅子となるのです。この私に仕えることができるのです、嬉しいでしょう?」
「はい、ナハトさま」
「もう一つ、あなたには私の娘の世話を命じます。その子は夜の名を持つ者であり、それはつまり夜の王の器でもあります。そのような者の世話人となるのです、光栄なことでしょう?」
「はい。ナハトさま」
「……あと、護衛もお願いしなければなりませんね。私たちの同胞を攫っていく鉄の民がいます。愚かなことです。先日、鉄の民の外交官にその旨を指摘しましたが、知らぬ存ぜぬを突き通すばかり。王に会わせろと言ってもそれは出来ないと。……無礼なことだと思いませんか?」
「はい。ナハトさま」
「結局のところ、彼らは夜の民と戦争がしたいのでしょう。負けるつもりなど毛頭ありませんが、万が一にも娘に何かあってはいけません。あなたは娘の命を守りなさい。誇りあることでしょう?」
「はい。ナハトさま」
「結構。それでは従順なあなたに名前を与えます。あなたは『黄昏』。夜たる私の先駆け。……この私から名を貰ったのです。幸福でしょう?」
「はい。ナハトさま」
女王は薄く微笑み、『黄昏』を見下ろした。
「……従順な駒にはご褒美をあげないといけませんね。一緒に食事をしてあげましょう。食べごろの若い鉄の民を5人ほど、生きたまま狩って来なさい。……私とともに食事ができるのです。ねえ『黄昏』、それは貴女にとって、至上の幸福でしょう?」
「はい。ナハトさま」
「素直な子は好きよ」女王は薄く微笑んだ。「では、行きなさい。素敵なお食事会にするために、良い獲物を選んで頂戴」
『黄昏』は何も言わず、踵を返し飛び立った。夜の空から大地を見下ろした。
――なんと、清々しい気分だろう。
自分が何者かを知るという事は、どれほどの幸福だろう。ナハトさまに――いや、名前を呼ぶことさえ烏滸がましい――あの御方に命を受けることの名誉を一身に背負える自身の運命が、なんと恵まれたことか。
『黄昏』は人間を探した。その喜びが血に乗って、全身に駆け巡っていくようだと思った。
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