通り雨のころ、僕らは。

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 雨が止んだような気がして、空を見上げた。  歩いていた足が自然に止まる。  下校しようとした矢先に降り出した夕立。  こんなに早く上がるのならもう少し学校で時間を潰していれば良かった、とビニール傘越しに灰色の雲を見る。  一緒にいた友人たちとの距離が開いていく中、一人だけ振り返ってこちらを見た奴がいる。 「止んでんの?」  そいつは、ゆっくりこちらへ戻りながら訊いてきた。  オレは、空を見上げたまま口を開く。 「ような、気がした」  そう言ったそばから、雨の雫が傘に落ちたのが見えた。  思い違いのようだ。  だけど、晴れ間も見える。  止むのも時間の問題だろう。 「夜には晴れるらしいぞ」  友人は、差していた傘を下ろして空を仰いでから、その続きの言葉を口にした。 「ナナコが言ってた」 「誰だよ、ナナコって」  知らない名なのに、当然のように出てきたので少し戸惑う。  共通の知り合いには、そんな名前の子はいない筈だ。  しかし、どことなく聞き覚えがある。 「お天気お姉さん」  顔に出さずに動揺していると、傘を差し直した友人が大真面目に答えた。  なんだ。  その「ナナコ」なら、オレも知っている。  朝から清々しい笑顔を振りまく、某テレビ番組の綺麗なお天気お姉さんだ。 「あーいうの、好きなの?」  冗談ぽく訊くと、友人がニヤリと笑って答える。 「イヤ。どっちかって言うと、平本の方が好き」 「ヒラモト?」  またしても知らない名だ。 「スポーツキャスター」 「ああ。夜の」 「そ」  その「ヒラモト」も知っている。  毎日じゃないけど、たまに見るニュース番組に出てくる。  元新体操選手で、ショートカットが似合う可愛い系のスポーツキャスターだ。 「あーいうのが好きなんだ?」  笑いながら、さっきと同じ質問を繰り返した。  趣味は悪くない、のかな。  だけど、あまりにも王道というか、無難というか。  どちらにしても、オレにはテキトーに話を合わせるしかできない。 「女ならな」  友人は、意味有り気に薄く笑ってそう答えた。  何だかとても気になる言い方で、まるで心の中を見透かされたようだと思ってしまった。 「じゃあ……」  口を開いてすぐ、オレと友人の立ち位置を隔てるように、雲の狭間から陽の光が差し込んだ。  雨の中で陽を受ける友人を見つめながら、まるで明暗が分かれたようだなと思った。  雨の匂いと少し冷たい湿った風が、どうしようもない現実を教えてくれる。  傘を鳴らす雨音を聞きながら、夜になっても晴れはしないだろう、と足元の水たまりへ視線を落とした。  「男なら?」と訊きかけた口を閉じて、軽口の延長だった質問を途中で止めた。  どんな答えが返って来ても、冗談すら言えなくなる気がして。 ■ 終 ■
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