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製菓学校に通っていた私は、どこのパティスリーにも属さないでフリーで活動している。アイシングクッキーを作り、イベントに出店したり、インスタにアップして予約販売をして生計を立てている。ビンテージっぽい色使いで作っているせいか、「他と違う」と注目してくれる人も増えてきた。
今日は、新しいデザインを考案しようと、あのカフェにやってきた。もう三度目の訪問。マスターが淹れる香り高いコーヒーに、すっかりハマってしまった。
「いらっしゃい、星ちゃん。好きなとこどうぞ」
三回目ともなると、かなりフランクになる。
見渡すと、テーブル席は満席。私が知らなかっただけで、このお店は思った以上に人気があるのかも。特に、女子たちに。みんな、マスターとお喋りしに来ている感じがした。
私は、暁斗さんが前に座っていたカウンターの一番奥の椅子を引いた。
「何にする?」
『今日は頭が冴える感じで』
こうしてリクエストすると、コーヒーの産地や味わいを説明しながら、マスターがオリジナルブランドをその場で作ってくれる。
「はい、今日はイブラヒムモカ。これはね、イエメン産で、イブラヒムモカの会っていうのがあって、そこのメンバーだけに特別に輸出してもらっている特別な豆。濃厚で芳醇な香りと旨味で頭がスッキリするよ」
『ん~いい香り。いいアイデアが浮かびそう』
「そう?ゆっくりしていってね」
マスターには私の職業を伝えてある。大勢は「安定した店に勤めればいいのに」と言うけれど、マスターは私の頑張りを褒めてくれた。
「嫌々働くほど、人生は長くないよ」
だから、好きな事をしなよと言ってくれた。さすが、元先生のお言葉。ストンと胸に落ちてきた。
しばらく時間を忘れ仕事に没頭していると、入口のドアが開き、華やかな女性が一人でやってきた。
「いらっしゃいませ」
マスターが出迎えに行くと、そのひとは”私は特別なんだ”と見せびらかすようにマスターの腕に手を添えた。二言三言話した女性は、マスターに紙を数枚手渡して、ひらひらと優雅に手を振って出ていった。その紙をじっと見つめたマスターは、小さくため息をついて、カウンターの端にそれを置いた。
なんだろう、訳あり?
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