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カウンターの中に戻ったマスターに目をやると、その瞳は外に向いている。
「来たな」
女性が戻ってきたのかと思ったら、来たのは暁斗さん。軽い感じで入店してきて、私の隣の席へ一直線。椅子を引きながらコーヒーを注文し、座ると同時に先ほどの女性がマスターに渡した紙を手に取った。
「なんだアイツ、また来たの?」
「それ置いていった」
「ふぅ~ん、よくやるねぇ。色んな理由つけてさ」
暁斗さんが見せてくれた紙の内容は、夏に浜辺で行う大規模なマーケットのフライヤーだった。先ほどの女性は、このマーケットの主催者の一人だという。
出たい。そう思った。だって毎年このイベントには信じられないほどの人数が訪れる。
『マスター!さっきの女性に連絡取ってもらうことって出来るんでしょうか?!』
マスターは「大丈夫だよ」とカップを磨きながら笑顔を向けた。やった、うれしい。新しいお客様を獲得するチャンスだ。
『ところで、さっきの女性って…』
「あーアレね。朔の…」
『マスターの彼女さん?』
「いや。朔のことをモノにしたいと狙ってる女」
『え?!』
「アプローチが凄いのなんのって。確かにいい女なんだけどさぁ…見た目はね。粘着質っていうか、俺は無理」
『えー…』
「でもそろそろ落ちる?朔どうよ、アレ」
マスターはカップを拭き続けている。
「どうって…無理だよ。お客様だし」
「客って…なんだよお前は。どんなにタイプでも客はダメだって?」
「いや、そういうわけじゃなくて。気になる子、いるからね」
気になる子。
『ってごめんなさい!それなのに変なお願いしちゃって。大丈夫です、さっきの話無かったことにしてください!』
それくらい問題じゃないよ、とマスターは笑ってた。だけど私の心にはモヤモヤが残った。
変なお願い事をしてしまったことではなくて、マスターに”気になる子”がいるということ。帰り際に記したノートには、謝罪とお礼を書いた。そして、ラッピング済みの私の作ったクッキーを一袋置いた。文字は”thank you”。
“私が作ったクッキーです。良ければ食べてください。マスターのコーヒーを引き立てるスイーツになればいいけど。食べた感想聞かせて下さいね。2021年6月18日 星”
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