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私はマスターの淹れたコーヒーが好きで、あのお店の雰囲気が好きで、マスターとおしゃべりするのが好きで、マスターの笑顔が好きで、柔らかい声が好きで、他の女の人と仲良くしている姿を見ると悲しくなる。
それは恋だと気づいてしまったら、会いたいのにお店から足が遠退いてしまった。
「星ちゃーん!ナシゴレン食べに行こ」
だけど、暁斗さんがこうやって助け舟を出してくれる。約半月ぶりの訪問。少し緊張してしまう。
「いらっしゃい。久しぶりだね」
マスターの笑顔は変わらない。
「朔~!顔に締まりがないよ」
「うるせぇよ、黙って飲んでろ」
チャチャを入れてくる暁斗さんに目配せして、隣に座った。
「今日はケニアでいい?クッキー持ってきたでしょ?」
悪戯な笑顔に心臓がうるさく動き出す。
『も、持ってきました。暁斗さんも一緒に食べましょ。マスターいいですか?』
「いいよ。暁斗は星ちゃんに金払え。一枚500円」
「たけーよ!え、高いのか…あれ、普通?」
『いいです、いいです!食べて感想聞かせて下さい』
「星ちゃん、ちゃんとお金取らないと。なんならコイツからぼったくってやって」
コーヒーをドリップしながらマスターが口角を上げた。
「そういえば週末に梅雨明けだって」
『夏がやってきますね。イベントまであと一か月です。もう楽しみで楽しみで』
「俺、売り子やってやろうか?」
『暁斗さんが?わぁ売れそう』
「だろ?いいよな、朔」
「やるならしっかり売り切れよ」
「おっけー」
暁斗さんは、陽気な性格も手伝って、知り合いがとても多い。思いがけず最強の売り子をゲットした私は、俄然元気が出てきた。その理由は他にもある。毎度強引な暁斗さんが、梅雨明けの海遊びに誘ってくれたから。もちろんマスターも一緒に。
嬉しい。嬉しいけれど、由美さんのことが気になる。もし一緒だったら、私のテンションは下がりに下がりっぱなしだろう。
聞けない代わりに、今日も私はノートに思いをしたためる。
“海、楽しみですね。マスターの淹れたアイスコーヒーを浜で飲んだらさぞかし美味しいんだろうな。花火買っていきますね。何人分用意しようかな。2021年7月3日 星”
書いた後は、ページを遡るのが楽しみ。マスターの夢は何だろう。
“素敵な夢だね。応援してる。俺の今の夢は、教え子が自分で稼ぐようになった時、ここにコーヒーを飲みに来てもらうことかな”
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