風と共に去ぬ

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 目の前には、現代には似つかわしくない麻色の布を身にまとい草履を履いた、一人の老いた男性が立っていた。杖だと思っていたものもただの棒切れで、俺はなんとなくだが、間違いなくこの老人は、今まで会ってきたやつらとは違う世界で住むやつだと感じた。 「俺がいたから? 余所者だからとでも言う気か?」 「ホッホッホ、そうですな。確かに、言うなれば貴方様は、『風の又三郎』とでも呼ぶべき存在でしょうな。そのようにゴミを散らかされては……後々片付ける我々の身にもなって頂きたい」  俺は再び起き上がり、辺りの缶を一瞥すると、「ああ、そりゃそうですか」と悪態をついた。 「悪いが、俺は今気がたってるんだ。勝手にこんな路上で酒を飲んだのも、ゴミを散らかしたのもすまないとは思っているし、ちゃんと綺麗さっぱり片付けて帰る。だからもう放っておいてくれ」  すると老人は、突如として大きく目を見開いて、こちらへ一気に顔を近づけてきた。老化が進み、黄ばんでしまった眼球が俺のすぐ目の前にある。 「なんてことを仰るのですか!! こんなに風が悲鳴をあげながら吹き荒れ、我々に助けを乞うているというのに、放っておくなど出来るわけがなかろう!!」 「は、はあ……?」  俺は老人に怖気づき、思わず後ずさりしていた。風が悲鳴をあげている? 助けを呼んでいる? 一体何を言っているんだ。  老人はというと、元の姿勢に立ち直ると、こちらとは打って変わって、「ホッホッホ」と愉快そうに笑っていた。 「驚かせてしまいましたかな。しかし、本当のことなのです。この村の昔からの風習でしてね。『風が吹き荒れるときは、何者かに災いが起きているときだ。そして、そのことに嘆き悲しみ、風は大きく吹き荒れ我々に助けを乞うのだ』……とね」  村……。俺は奥へと続く一本の細い路地を再び見やる。どうやらこの先には、一応人の住処があるようだ。 「この村は、風と共に生き、風と共に去ぬ。風は私たちを導いて下さり、生きる指針を与えてくださる。唯一無二の神様なのですよ」 「要は、風を信仰する村ってことか」  俺は仕方なく立ち上がると、とりあえず辺りのビール缶をビニール袋にしまっていく。どうやら面倒な者に捕まってしまったようだ。 「事情は分かったけどよ、じゃあ俺は一体どうすりゃいいってんだ? 帰るだけじゃダメだっていうし、だからって今俺が抱える問題はそう簡単に解決するもんじゃない。どう考えても、あんたの言う『神様』を納得させることは出来ないと思うぜ」  そう言うと、老人は再び「ホッホッホ」と愉快そうに笑い、そうして杖代わりの棒切れを、あの奥へと続く細い路地へと指し向けた。 「とりあえず、私に着いてきてくだされ。話はそれからに致しましょう」  老人は勝手に俺を置いて歩いていってしまう。俺はこの隙をついて帰ってしまおうかと思ったが、だからといって、金が無いという事実も同時に思い出した。仕方なく俺は、老人の後ろを着いて歩く他無かった。
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