風と共に去ぬ

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 道の奥に存在する村は、俺の想像以上に異様な空間だった。  家は全て朽ちかけている木造建築で、なんなら藁で補修されている家すらある。ツタなども生えっぱなしの伸びっぱなしで、間違いなく人が住んでいないと言いたくなるのに、しっかりとコンクリートで舗装された道やマンホール、張り巡らされた電柱と電線が、ミスマッチにこの村と共存していて、そのせいで嫌に生活感を感じてしまう。  老人に連れてこられた家も、例に漏れずとても古びていた。部屋も一間しかなく、ごうごうと吹き荒れる風で建物全体が絶え間なくギシギシと音を立てている。いつ建物ごと吹き飛ばされてもおかしくないように感じるが、どうせこの村の連中は、「それも神の定め」とか言って対して気にとめないのだろうなと感じた。  老人は俺に、一膳の食事を出してくれたが、粟の飯一杯にたくあんという、いつだか昔に歴史の資料集で見たような、まさに典型的な古代の日本食だった。本当に、何時代で止まって現代とミックスしているんだ、この村は。 「なるほど……それで貴方は今職もなく一文無しで、帰る宛ても無いというわけなのですな」  目の前であぐらをかいて佇む老人に、俺はここに至るまでの経緯を至って真面目に全て正直に話した。こういう年寄り相手は妙に頑固だから、変にはぐらかさないで最初からちゃんと話した方が面倒じゃなくなるということは、銀行員時代に嫌というほど体感していた。 「そういうこった。ほら、簡単に解決できるような問題じゃなかったろ?」  分かったらさっさと解放して欲しい。正直心の底からそう感じていたし、態度にも現れていたと思う。だが、老人は狼狽える様子も見せずに、ただ頭を一捻りさせると、「そうでもありませんぞ」と一言言ってのけたのだった。 「なんだって?」 「簡単な話です。ここに住めばいい。そうすれば、無理に金を稼ぐ必要が無くなりますし、現に貴方は家を離れたくてここにいらっしゃったのでしょう? うってつけではございませんか。村の者も、快く受け入れてくれますよ」 「おいおい、ちょっと待ってくれ」  俺はつい身を乗り出して老人を制止する。単なる驚き、というよりは、冗談じゃない、という気持ちの方が大きかった。 「そんな簡単そうに言わないでくれ。俺には向こうの家と契約している限り家賃を払う義務があるし、そもそも、ここのどこに住む場所があるってんだ。仕事がありそうにも見えないし、こんな田舎じゃあ、ホームレスでもとてもじゃないがやっていけねえよ」 「ホッホッホ。住む場所など、私の家で十分でございましょう。お金を稼ぐ必要もございませんよ。若手は不足しているのでね、村の者たちの手伝いをしているだけでも、立派な役回りでしょう」 「だからって、こんな辺鄙な田舎、とても住めたもんじゃーー」  つい、そんな暴言が口からついで出そうになった。だが、老人の顔を見た瞬間に、俺は口を閉じざるを得なかった。その表情は、只者ではなかった。思考を全て放棄し、ただこちら一点を見つめる黒い瞳が二つ、ただ並んでいるかのように見えた。 「私や貴方の意思など最早関係ないのです。風が大きく吹き荒れたということは、貴方は村の一員として風に認められたということ。ただそれだけの話ですよ」  得体の知れない恐怖が、俺を縛りあげて、この場から動けなくさせるような心地がした。俺は、老人の要求に、ただ黙って頷くことしか出来なかった。
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