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そうして俺は、老人の家に居候しながら、村の人々の手伝いをする生活を始めた。要するに雑用をこなしているだけなのだが、村の人々はとても好意的に俺に接してくれる。そのことに安堵する気持ちはあるものの、一方で、普通余所者にこんな、さも当たり前かのように優しくすることができるかと思い、それがまた一つ恐ろしいことに感じた。
それに、日々か過ぎ去るごとに、だんだんと故郷や置いてきた両親、友人のことが恋しくなってくる。そもそも、家を出たのも言ってしまえば衝動的なものに過ぎなかったのだ。頭が冷えれば、戻りたいという欲求が出てくるのは目に見えていた。
せめて金があれば、切符を買って今すぐにでもこの村を出られるのに。村の連中は、それを知ってか知らずか、絶対に俺に貨幣をよこすことをしない。手伝いの見返りはいつも食糧など物資ばかりで、そんなもんじゃなくて単純に貨幣でいいと説明しても、適当にそれらしい理由をつけてはぐらかされる。まるで、意図的にこの村から出さないとでもしているかのように。
そんな俺とは打って変わって、村に吹く風は、住み始めてからずっと穏やかであった。まるで、俺からは厄災が消え去ったのだとでも言わんばかりの呑気さだ。
冗談じゃない。なんで俺が好き好んで、こんな閉鎖的な村に閉じ込められ続けなきゃならない。だったら都会に戻って、ホームレスでもやっている方が100倍マシだ。いつまでもこんな異様な空気が漂う村で暮らし続けたら、いつか気が狂ってしまうんじゃないかと思えて仕方なかった。
そうだ、電車で帰れなくても、最悪徒歩で帰ることも出来るんだ。とにかく、この村から早く出よう。10日程経った頃だろうか。俺はついにそう決心した。
だから、この日も、細心の注意を払って事に臨んだつもりだったんだ。もう辺りが真っ暗になって、老人が完全に眠りこけているのを確認すると、俺は静かに、そしてひっそりと、家から抜け出した。
真夜中の村は、まさに生き物の気配すら一つも感じさせない静けさだった。街灯もなく、ライトをつけて居場所を晒すこともできないため、俺は手探りで道を探しあてて、感覚で進んでいくしかなかった。本当に駅の方向に向かっているかも定かじゃない。だが、飛び出してきてしまった手前、もう後戻りはできない。時々つまづきそうになりながらも、どうにか足を前に出して、突き進もうとしていた。
だが刹那、どうどうと吹き荒れる風が大きく俺に迫ってきた。それはたちまち辺りを巻き込んで、村全体へと向かっていく。それは本当に強く、身構えていないと飛ばされてしまいそうな勢いだ。
なんてこった、なんで突然こんな突風が。まるで、俺がこの村から出るのを阻止せんと言わんばかりに。俺はどうにか目を開け、ようやく暗闇に慣れてきた眼を、村全体に向けた。そして俺は、この突風よりも、更に信じ難いものを目撃することとなる。
風が吹き荒れた途端、村中の家の戸が一斉に開け放たれ、村人がわらわらと外へと出てきたのだ。皆あの老人と同じように、とっくに眠りこけていただろうに。風に呼応して起き上がってきたといっても過言ではなかった。その様子は最早人じゃない。夜な夜な人を探しては食い殺す妖怪のように俺には見えた。
声にもならない悲鳴が漏れる。腰がすくみそうになりながらも、何とか耐えて、半分這うように、急いで村の反対側へと駆け出す。あいつらに見つかったら終わりだということは、本能でいくらでも理解出来た。
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