風と共に去ぬ

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 風ふいて一文もない。  俺は、今までの逃避を全て消し去っていくが如く吹き荒れる風にあたりながら、まさに今の自分を当てはめるように、そう心の中で呟いてみた。まだ虚ろな意識の中、ゆっくりと、自分の今の状況を再確認していく。  目の前に広がるは山。辺りに散らかるは中身の無いビール缶。後ろからは、始発だろうか。電車が出発する汽笛がひっそりと鳴り響いている。  風によって乱れ続ける髪を押さえながらも、俺は仕方なく起き上がる。くそ、頭が痛いし吐き気が酷い。一生このまま寝かしといてくれればよかったものを。風は他人の事情というものを知らないらしい。  いや、酒なんぞに頼って現実から逃げた俺が悪いのだ。意識が覚醒していくにつれ、俺は自身の先の行動を省みると、ゆっくりと前髪をかきあげ、自嘲にも近い卑屈な笑いを浮かべた。  銀行員だった俺は、今まで真面目に働いてどうにかやってきたつもりだった。ズルしてやろうとか、悪いことをしてやろうとか、そんなことは考える暇もなく、真摯に仕事に向き合ってきた。そんな俺の姿を、しっかりと神様も見ていたはずだ。  それなのに、現実はどうだ。俺に突きつけられたのは、身に覚えもない汚職の尻拭い。突如として職を失った俺は、すぐに現実を受け入れられず、そして、職を失ったという事実にとてつもない恥じらいを感じた俺は、誰も自分のことを知らない場所に行こうと思い立った。  県という県をまたいで、それだけでは飽き足らず、どこかのローカル線に乗って、気づいたらこんな山奥に辿り着いてしまっていた。そうして財布の中に残っていた金も全部酒に変えた俺は、こうして一晩中酒をあおっていたというわけだ。  今思うと、本当に阿呆なことをした。今となっては、最早帰る宛てもない。ここが何と呼ばれる駅で、一体どの県のどこなのかも分かっていないし、そもそも金がないのだ。切符代も払えないし、自宅に帰れないことはとうに目に見えていた。  というより、本当にここはどこなんだ。俺は辺りを見渡してみるが、本当にここには無数の木々と山しかない。普通駅がある所ならば、どんなに田舎だったとしても、周辺は発展していてもいいはずなのに。もしや、これが俗に言う秘境駅というやつなのか。  一つだけ、かろうじて奥へと進む細い路地は見つけたものの、今の俺にはそこを進む気力もない。もう一度仰向けに倒れ込むと、もう無いと分かっているけれど、酒に溺れて全て忘れてしまいたいと思った。そうすれば、きっとそのうち、ゆっくりと永遠の眠りにつけるだろうから。そんな俺の思いに逆らうように、風は永遠に強く吹き荒れ続けるけれど。  それでも無理やり目を瞑り、思考を停止させようと思ったその時、杖が地面にコツリと当たる音が聞こえ始めた。どうどうと大きな騒音を立てる風の中で、それは確かに次第に近くなっていくと、自分の目の前で再びコツリと鳴って止まった。思わず目を開く。 「おやおやこれは……。今日はやけに風が強いと思ったら、貴方様がいらっしゃったからなのですな」
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