第21章 見ないふりはできない

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だけど、本気で今この年齢で急いで入籍しなきゃいけないほどわたしを逃すまい、と焦ってるのかな。と疑い始めるとちょっと怪しい。哉多が大学を卒業するまであと半年を切ってる。本当にそのタイミングで結婚する気なら、日程的には既に余裕がないはずだ。 つまりあんな風に切り出しはしたけど、たまたま就職先が決まったから報告ついでに結婚の話もして一応心構えだけさせとこう。ってくらいの気持ちで釘を刺しといた、ってのが実際のところなのかも。 将来的に結婚しようって気持ちはあるにしても、卒業と同時にはさすがにやや大袈裟。そのくらい強めに言っとけばとりあえず他の男のところに行こうって気には当分ならないだろう、って牽制する意味合いだったのかもしれない。 本当にそうなら焦ったり慌てたりしなくてもまだ時間はある。向こうが強引に押してくる様子がないのをいいことに、見ない振りしてのらりくらりと放置しとけばそのうち飽きて目が覚めて別の女の子を見つけて去っていくかも。って期待はできなくもない。 …ただなぁ。わたしはぽつぽつと咲いた秋バラの花のあとの切り戻しをしながら葉っぱについた病害虫がないか慎重にチェックしつつ、頭の片隅で微かな憂鬱を払えずに肩をすぼめた。 哉多って、何というか。口に出す言葉と表情や態度のテンションと、実際の本心とがどうも噛み合ってないっていうか。外から表面的に見えてるものと内心がずれてるように思えるところあるからな。 平然としてて反応薄いから大した感情もないだろうと決めつけてると何か思うところがあるみたいだったり、楽しげにはしゃいでるからめちゃくちゃ盛り上がってるんだろうと思えば意外にも内心では結構醒めていたり。アクションを起こすときや何かそれまで伏せていたことを明らかにするのもこっちから見ると唐突な読めないタイミングでしかない。つまり、表に出ているものを見て勝手にわかった気になってると見誤る可能性が高いってことだ。 この分だと当面は大丈夫そうだな、今日明日にもご両親に引き合わされて結納だってことにはなりそうもない。と勝手に見切りをつけて油断してると痛い目見そう。警戒は怠らないに越したことない。 しかしだからと言って。一体どうすれば結婚とかそういう要素の入ってこない以前のままの関係に戻れるのか。わたしなんか大したことないし一生そばにいようって思うほどのもんじゃない。だいいち面白くないよ、とかほんとのことを言っても。 そんなことないよとか俺はそうは思わないからとか。あっさり否定され片付けられて終わりそうな気がする。そういう主観的な話じゃなくて。客観的に見てもわたしなんか生涯のパートナーとしては全然駄目、って納得してもらえることといったら。何が一番説得力あるかな…。 「…やれやれ」 思いに耽っているとつい手が止まりかけて姿勢も固定されて腰にくる気がする。声に出して呟いてから伸びをして、首をこきこきと回す。ほんとにどうしようかな。はっきり断った方がいいんだろうけど。 結婚する気はないよ、って言えば何で?とけろっとして訊いてきそう。絶対に理由を言わされる。それで一生懸命こっちの考えを並べ立てても、ひとつ一つ片っ端から論破されて追い詰められる自分が見える。普段むきにならずに適当に受け流してるときは悪くない話し相手だけど、こうやって正面から向き合うとなかなか手強い、やりづらい敵だってことに改めて気づいた。 じゃあ考え方を変えよう。わたしはどうして、哉多と結婚する気になれないんだろう? 頭を懸命に働かせながらも視線はぼんやりと手許の盛りを終えた花の上をさまよう。ぱきん、と花鋏が立てる甲高い音を耳が拾うけどどこか遠いもののように聞き流していた。 普通に考えたらまず、一番の理由はお互い若過ぎるから。特にわたしの方はまだ二十歳、ようやく成人したばっかりだ。 人生なんてまだこれから。多分出会うべき全ての人に巡り合う充分な機会もなかった。そんな中、こんなに早く一生のパートナーを決めて最後まで何十年も添い遂げろだなんて。いくら何でも重大な判断をろくな材料もないまま急かされすぎじゃないかな、一般的に考えても。 こっちだけじゃなくて哉多の方だって思えばまだ大学卒業したての二十二歳。就職して周囲の人間関係も変化すれば視野も広がって、気だって変わるかもしれないのに。 むしろそれが嫌だから今のうちにお互いを縛りつけて決めちゃおうなんて、安全策というよりむしろ無謀じゃないのかな。入籍を済ませたあとに、ごめんねやっぱり急ぎすぎた。お前よりもっと好きな相手ができちゃったんだよねとかいうことになる危険性については全然心配しないのかね。あいつは? というようなことを理由に挙げて懇々と奴を説得しようと試みる自分の姿を想像してみる。…けど。 「え、大丈夫だよ。絶対気が変わることなんてないから。眞珂はそんなこと心配する必要ない。だって、あり得ないもん」 …平然として自信満々に言い切る哉多の表情や声まで。ありありと脳裏に焼きつくように浮かぶぞ。
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