第21章 見ないふりはできない

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背筋をぴっと伸ばして受け応える。クリスマスに仕事を頼んだことを気遣ってるのか。そこでふと、もしかしたらこの人、わたしに付き合ってる相手ができたとかそういう情報を得ているのかな。って考えが頭に浮かんだ。 それで気持ちの余裕ができた、なんてのはさすがに考え過ぎか。別にわたし程度のもんが結婚生活の上での脅威だなんて、彼女はそもそも微塵も感じていないだろうし。 「眞珂ちゃん、お疲れ様。…ほんとにクリスマスの予定大丈夫だった?何かあるんなら。遠慮とかはしなくていいのよ、料理は出張シェフが担当してくれるし。どのみち臨時でスタッフも雇うから」 「まあ、そうですよね。わたしたちだけじゃどう考えても手が足りないし」 呉羽さんが出ていったあと、わたしもダイニングテーブルについて澤野さんと一緒にコーヒーを頂く。 彼女は両手でテーブルの上のやや冷めかけたカップを包んで、感慨深げにしみじみと呟いた。 「思えば去年の今頃はこんなことになるなんて、思ってもみなかったわよね。まだ柘彦さんも独身で、これからも静かな年末年始がずっと続くんだって思い込んでたわ…。今後はもう毎年これかしら。さすがにちょっと落ち着かないわよねぇ。これじゃわたしたちも休めないし」 呉羽さんがまだその辺にいるかも、と危惧してるのか一応声を抑えめにしてちょっと愚痴る。まあ、気持ちはわからなくもない。澤野さんの場合はご家族もいるわけだし。年末年始にこれからもずっと仕事が入るようなら、現実問題いろいろ差し支えがあるだろうから。 「お正月もお客様を招待してあるんでしたっけ。澤野さんのご家族も残念に思ってらっしゃるでしょうね。わたしだけで代わりになればいいですけど…。正直、澤野さんの代理はまだ全然務まりそうもないし」 最後の部分に実感を込めてそう言うと、彼女はちょっと笑ってわたしの台詞を軽く受け流した。 「ありがとう、気持ちは嬉しいけど。大丈夫ようちは別に。子どもたちもそれぞれ用事があるみたいだし、もう家族揃って何かするって年頃でもないからね。それに、忙しい時期が終わればまとめて多めにお休み頂けるみたいだし…。眞珂ちゃんの方こそ。クリスマスやお正月は予定入れたいんじゃない?言ってくれれば融通利かすわよ、そこは?」 その口振りに何となく、わたしが哉多と付き合ってる(のか?まあ、もうここまで来たらそうなんだろう。最初の頃ならただの身体だけの関係です、って言えたけど。結婚の話を持ち出されてもずるずると続いてるんだから、割り切った仲とはいえない)のを彼女も既に知ってるのかなと思う。 茅乃さんがばらしたとは思わないけど、普段から近くにいれば自然と何か感じるところがあるのかもしれない。一度も澤野さんとこのことについて正面きって話したことはないが。 一瞬、曖昧にしておかないでいい機会だからそこはオープンにしておいた方がいいのかちょっと迷った。どのみち気づかれてるのなら、お互い知らないふりをしてる方が不自然なのかもしれないし。 だけどやっぱり思いとどまる。正直どんなテンションでそれを打ち明けたらいいのか自分でもわからない。照れて頬を染めてもじもじと実は…、とかもできないし。少しうんざりした口調で事務的に報告する、とかも傍から見たら不穏な気もする。 わたしは首を横に振って無難に答えた。 「特に用事はないです。家族もいないし…。わたしが当日いてもそんなに役に立つわけでもないんですけどね。ここに住んでる以上、休んでるより働いた方が落ち着くかなって。こういうときは」 下手に年末年始休みをもらっても館の中はパーティー三昧じゃどのみち寛げない。別に休暇中に行きたいとこやしたいこともないから、部屋でごろごろするくらいなので。 澤野さんは温かな笑みを浮かべてそんなわたしを励ました。 「そのうちすぐに眞珂ちゃんにもずっと一緒にいたい人ができるわよ。そういうときのためにしっかりお休みを取る習慣は今からつけておいた方がいいわ。どうしてもずるずるになりがちなのよね、自戒を込めて言うと。特に予定もないしとかどうせ空いてるから、とかいう理由でお屋敷につい詰めっきりになっちゃう。まあ、お手当はしっかり頂いてるし。それで不満もないのがまた困りものなんだけどね」 確かに。見てると澤野さんて、実質ここの身内じゃないか。ってくらい普段からいつもこの館にいるな。わたしもだけど、休日も結局この家の中で過ごしててどの日がお休みでどこまでが出勤なのか何となく曖昧になってることが多い。 「年末年始のパーティーラッシュがひと段落したら。たまにはゆっくりまとめてお休み取って、ご家族とご一緒に過ごしてこられたらどうですか。普段の範囲の家事ならわたし多少はできるようになりましたから。澤野さんのレベルには全然至らないけど、臨時の代理くらいなら何とかなるかも」 そう申し出ると、彼女は何故か微かに寂しげに見えなくもない微笑みを浮かべて答えた。
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