第21章 見ないふりはできない

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ためらう気持ちそのままに正直に口にすると、奴は気を悪くした風もなくわたしの耳許で小さく笑った。 「眞珂は適当なお愛想言わないなぁ。でもそういうとこやっぱ好きだよ。いいんだ、俺の方はちゃんと寂しかったから。それで」 「ちょっと、言ってる意味わからない」 半ば本気で困惑しつつ返す。会いに来るのがこんなに飛び飛びで、寂しいも何もないもんだ。 別にわたしの方であんたが来る日を決めてるわけじゃないし。そんなに会いたければ自分からもっと早くここに来ればよかっただけじゃん、と口にしそうになり慌てて噤む。 絶対遠回しにもっと頻繁に会いに来い、って要求してるって受け止められるに決まってる。全然そういうわけじゃない。 「忙しいのはほんとだよ。ホールの改装が終わって、パーティーの準備が始まってるから。クリスマスにお正月と立て続けだし、しばらく落ち着かなくなりそう」 「それなんだよなぁ。何も、お前があの夫婦の予定に付き合うことないじゃん?眞珂一人いなくたってパーティー別に問題ないんじゃないかな。年頃の女の子がクリスマスやお正月に用事ないわけないだろって。抜けてもみんな別に文句もなく大目に見てくれるんじゃない?」 正直それはそうだと思う。準備やなんかはともかく、当日はわたしがいるからどうってこともないような気が。むしろ足手まといで邪魔になるかもくらいある。けど。 「うーん…、でも。普段からお世話になってるし。大した力もないけど、出来るだけのことはしないと」 ほんとのことを言うと柘彦さんが心配。まあ、わたしがその場にいたって。多分何の力にもなれずただ見てるだけしかできないってわかってはいるんだけど。 哉多はわたしをぎゅっと抱きしめ、顔を上げて口許に軽く自分の唇をつけてから囁いた。 「眞珂は真面目だな。まあ、そういう考え方お前らしいけど。実際問題俺はどうなんの?クリスマスも正月もぼっち?せっかくお前と。こういう関係になって初めての年末年始なのにな…」 「あ。そうだね」 拗ねる口調で言われて初めて気がついた。それはそうか。ついこの前までなら、してるからって彼氏彼女でもないし。適当に予定のない女の子見つけてそっちと過ごせば?と言って済ませられたけど。 さすがに今はそうも言えないかも。結婚を申し込まれて了承した覚えはないけど、少なくともその時点で別れようとするでもなくずるずると関係を続けてるあたり。奴の気持ちだけはそのまま受け入れた、と判断されてもおかしくない。 哉多は甘えるようにぐいぐい、と容赦なく身体を押しつけてきながら話を続けた。 「特に正月なんて、俺の家族と顔合わせするいい機会だろ。俺はそのつもりだったのに。そろそろ眞珂を家に連れていかないと、結婚の準備も進まないよ。急がないと卒業に間に合わなくない?」 「いや卒業と同時じゃなくていいよもう。そんな、慌てるようなことでもなくない?お互いまだ若いし」 急にすっかり放っておかれてた死に設定が蘇ってきた気がして思わず焦る。ごまかして宥めるつもりが結婚自体は既定路線になってる前提の台詞になってしまった。 なんか、余計なこと言っちゃった気が。奴が調子づいてぐっ、と身体を深く重ね合わせてきたのを感じてほぞを噛んだけどもう遅い。 「眞珂はそう言うと思った。お前余裕あるもんな。だけど俺の方はさ。やっぱ、一刻も早く結婚したいんだよ。ここは遠いし…。就職なんかしたら月に何度会えるかわかんない。俺は眞珂のいる家に。毎日帰りたいもん…」 「う。ん」 案の定デレてきた。と思いつつちょっとどきっとなる。主に最後のフレーズに。 そうだよね。好きな人と同じ家に住んで、毎日顔を合わせたい。その気持ちはよくわかる。 だから人は結婚するんだ。入籍すれば堂々と誰はばかることなく一緒に住める。同じ家で寝起きするのが当たり前になる。離ればなれで暮らして、次はいつ会えるんだろう。といつもやきもきする必要も。もう二度と、なくなるんだ…。 一番大好きな、特別な人となら。きっと夢みたいなことなんだろうな。 みんながこぞって結婚しようとする意味が漠然とながらわかった気がした。と同時に、わたしに対してこんなことを言う哉多のことが。初めて少し怖い、って感じないこともない。かも…。 こいつ、まさかとは思うけど。思い込みやただの気まぐれとかじゃなく。ちょっとは本気でわたしのこと、好きなのかな。 だとしたら。この状態のままだらだらと、今の関係を続けてていいのか。本当はわたしの方も同じくらいの気持ちじゃなきゃ。こうして付き合って、押し負けて結局結婚しちゃったりするのは。哉多に対してフェアだとは言えないんじゃないの? する相手がこいつだけで、他に浮気しないから誠実なんだとは限らない気がする。他にもっと。深いところに不実の種があるんじゃないのかな…。 悩んでいるわたしは隙だらけだったみたいで、奴はこっちがぼんやりしてるのをいいことに再び覆い被さってきてキスしたり、身体をすり寄せたりし始めた。
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