第21章 見ないふりはできない

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第21章 見ないふりはできない

とにかくそのまま結婚へと持ち込ませるわけにはいかない。わたしはない脳みそを捻ってでも、何とか上手いことのらりくらりと逃げる方法を考え出そうと試みた。 何しろ断り方が難しい。わたしのうちは多分、哉多が想像してる以上に両親にかなり問題あるから。そっちのお宅で改めて身許調査でもしようもんならトラブルの種だらけで、もし本人は多少まともだとしてもあんなお家の子はちょっとね。と哉多のお父さんお母さんもどん引くレベルだと思うよ、と誇張じゃなくいかにもありそうな展開を想定して伝えてはみたが。 「別にお前がそんなこと気にする必要ないじゃん。そもそも結婚は本人同士の問題だろ?二人とも成人してるんだから、お互いの親がどう思おうが一緒にはなれるんだし。それに、多分そんなの杞憂で済むと思うよ。眞珂本人を見たらうちの親なら絶対気に入るって。可愛いし素直でまっすぐだし、普通に考えて言うことないだろ」 蛙の面に水。けろっとして全く堪えた様子もない。 一体わたしのどこが可愛くて素直でまっすぐなのか。人生で今までそんな評価受けたこと全然ないし。ていうか、こいつがわたしのことをそんな風に思ってたってこと自体も正直まだ今ひとつ飲み込めないというか驚きなんだが。ほんとにどこまでが本気で本心なんだろう。 あんなにはっきり直に言われたのに、まじであんた、わたしと結婚する気なの?と今いち信じ切れていない。実感がないというか。 多分、プロポーズも可愛いも心配要らないよも普段と全く同じテンションすぎてあまりにもあっけらかんに平然と口からぽんぽん繰り出されるので、何というか上手くこっちの胸に沁みてこないところがあるのかも。え、今こいつ何て言った?結婚って単語聞こえたけど。結婚てまさか、あの結婚?みたいな感じでだんだん頭が混乱してくる。この二年間俺にはお前だけだよ、も素直でまっすぐも同じく。 話の流れの中であっさり持ち出された結婚話に、そのときは全身の血が引きそうになるくらい一瞬青ざめたが。そのあと普段通りに二人してわたしの部屋に移動してノマドがふっかりと眠っている場所を避けて抱き合って眠り、朝方にじゃあね、と言いあって送り出したあとはどこまで本気で慌てればいいのか正直ぴんと来なくなってしまった。夜が明けたらもうその話題も出ないまま普通の顔して帰っていったし。 だからと言ってそのまま放置しておくのもむず痒い。結局その場では状況もろくに飲み込めず、あまりの唐突さにただ呆れてるうちに終わってしまってはっきり断ることもできなかったような気がする。 それで、次に会ったとき(あんなこと言ったくせにこれがまた、気まぐれに結構間が空いたりして。そんなんで本当にあんた、わたしのこと好きなの?と確認しそうになりぐっと抑えた。思えば『好き』とは言われてないかも。余計なひと言を重ねさせる機会は作らないに限る)に恐るおそるこないだ出た結婚の話だけど…、とこっちから持ちかけて上記のように遠回しに多分上手くはいかないと思うよ。と匂わせたらすかさず返ってきた台詞がこれだ。 論理的な反証じゃないだけに論破が難しい。次は何を材料に奴を思いとどまらせればいいだろう、と悩むわたしをよそに哉多はその日もそれ以上話を深めようとはしてこなかった。プロポーズ以前と同じように身体を重ねてわたしを抱きしめ、満足するとすとんと眠ってしまう。今夜はわたしの部屋に行かなくていいのか、と拍子抜けしてその寝顔を見つめた。 満腹で心地よい寝床で眠る猫みたいに幸せそうに見える。もしかしてこう見えて結構疲れているのかな。しばらくの間哉多がふと目覚めたりしないか様子を見て待ち、どうやら大丈夫そうだと踏んでからそっと音を立てないように服を着て自室へと戻った。 当たり前のようにうちの両親はお前のこと気に入ると思うよ、と言いつつじゃあいつ顔合わせするか、まずは予定を入れておこうか。とか話が具体的に進まないで済んだのには心底ほっとした。しかも翌朝帰っていったあとは普段通りにまた連絡は気まぐれなペースの途切れとぎれだ。 それが不満てわけじゃない。考える暇もないくらい早急に次の段取りを急かされたらどうしよう、って恐れる気持ちの方が強い。だけどそれはそれとして実にもやもやする。一体わたしはあの申し出をどの程度、本気で受け止めればいいんだろう。 プロポーズしといて放ったらかしかよとは意地でも言いたくない。実際納得いかないのはそこじゃないし。 秋の公開が終わって冬支度、バラ園もシーズンオフへ向かう時季。師匠が訪れるのも数日おきになって、一人での作業が増えたのをいいことにってわけじゃないが。手はせっせと動かしながら頭は半分お留守で、あれこれと悩ましく思いを巡らせていた。 あいつがわたしのこと好きなわけない、とはさすがに思わない。恋愛かどうかは今ひとつぴんと来ないけど、この先一緒に暮らしてもいいかな。って考えるくらいには気に入ってくれているのかな、とは思う。
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