変わるとき

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 何言えばいいのか、いろんな感情が渦巻いて言葉にならない。思えば、就職先が決まらなくて絶望していた秋からの目まぐるしい展開。もしもあのとき先生に出会っていなかったら、きっと今も就職が決まらないままで、こんな晴れやかな気持ちで卒業式を迎えることはなかっただろう。 「先生、ありがとうございます」  感激の涙を必死に堪え、お礼を告げる。先生が見れなくて、つい下を向いてしまう。 「この後は謝恩会とか色々ありますよね。どうぞ楽しんできてください。事務所の引っ越し日は朝早くて申し訳ありませんが、八時にきてくださると助かります」 「わかりました」 「では、僕はこれで。三原さん」 「は、はい!」  先生が私を見つめる。美しい瞳。吸い込まれそうに深い黒。先生のまつ毛、長くて羨ましい……。 「とても素敵ですよ。写真送ってくださってありがとうございました」 「いえ……。今日を晴れやかに迎えられたのは先生のおかげですので」  ドギマギしながらする返事に、先生の手がぽん、と私の頭を優しく撫でた。 「皆さんも卒業おめでとうございます。では失礼しますね」  先生は茉麻たちの方を向いて挨拶し、みんなもそれぞれにお礼の言葉を口にして先生を見送った。  私は気もそぞろだった。先生が、私の頭を撫でた……。 「綾音ー! 良かったね!」 「すっごい素敵すぎる! 紳士! ジェントルマン!」 「っていうかもはや騎士(ナイト)だわ、ううん、どこぞの国の王子かしら」 「こんな素敵な薔薇の花束まで!」  先生の姿が見えなくなると、みんな口々に勝手なことを言い出したけれども、私はまだ撫でられたことへの余韻に浸っていた。 「ねぇ、ちょっと」  茉麻につんつん、と肩をつつかれ、我にかえる。 「なんかさ、薔薇の花束ってちょっと意味深に思っちゃうの、考え過ぎかな」 「え……」 「やっぱり!? 深紅の薔薇でこの本数だもの、なんか意味あるよね?」 「先生の作品とかでさ、深紅の薔薇の花束を渡すシーンとかないの?」 「え、えーと……」  私は懸命に考えた。全作を読み切れたわけではないけれども、今では先生の作品はほとんど読み終えている。 「あー!!!」  花奈の大声に全員が驚き注視する。 「まさか……まさか……」 「なによ、どうしたの」 「綾音、もしかしたらこれ、告白だったりしない?」  え? と思う。告白? 薔薇の花束が? 「先生の初期の作品に確かあったわよ。大正時代の女学生と財閥の息子の短編なんだけどね。息子が愛の告白をするときに深紅の薔薇を二十本プレゼントするの。女学生はそれを受け取ると、息子は薔薇の花びらをむしって寝床に敷き詰めて、その上で二人の初夜が始まるっていう」 「え……へ、へぇ、そんな作品あったっけ」 「女学生の白い上気した肌に深紅の薔薇の花びらが張り付く。その色は艶かしく彼を誘い、男は花びらをどかすと花びらのついていた場所に深く吸い付き、鮮やかな朱い痕をいくつもつけていった……ってね」 「暗記してるの!?」 「当たり前よ、呉先生のオタクなら常識」 「すご……」 「初期のって、まだ手に入るかな」 「入るわよ。短編集に収録されてる「薔薇の囁き」ってタイトルだから。ちゃんと読みなさいよ、秘書なんだから」 「う、うん」
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