変わるとき

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 確認すると言っても、どうしろというのか。単刀直入に「あの薔薇の本数に意味はありますか」なんて聞けるわけがない。私は悶々としながら引越し手伝いのために、早朝の電車に乗った。  今日は八時に来てくださいと言われている。荷物はすべてパッキング済、あとは引越し業者にお願いし、新しい事務所となるマンションのほうで待つ、という段取りだ。資料は確かに多いけれども、一家族が引っ越すわけではないから今回は一人暮らし用プラン、スタッフは二名を手配している。和田さんも午後、顔を出すと言っていたから人数分のお茶菓子とお茶を用意しなければ。    先生のご自宅が見えてくると、すでに引越しトラックが止まっていて、なにやら忙しない様子を感じた。慌てて小走りで向かい、先生にご挨拶をしようとしたらちょうど礼央くんが出てきた。 「あ! お姉さん!」 「おはよう礼央くん。今日学校なの?」 「ううん、学童だよ。学校はもう春休み」 「そっか。今日はいよいよお引越しだね」 「うん」  そこで礼央くんは下を向いた。なんだか少し寂しそうな気がしたので、励ますつもりで声をかけた。 「お祖母ちゃんももうじき戻ってくるんでしょ? そしたら礼央くんも安心だね」 「うん……でもね、もうお姉さんに会えなくなっちゃう?」  上目遣い、少し潤んだ瞳。ぎゅん、とハートが動く。礼央くん、お父さん譲りの美貌でこれはあざといよ……。 「会えないことはないと思うよ、先生のお使いでこちらに来ることもあるかもしれないし」 「そっかぁ」  慰めのつもりで言ったけれども礼央くんは納得出来かねるのか、しゅん、とした様子だった。元気になってもらうためにどうしたら良いのか。まごまごしているうちに礼央くんはキャップを被り直すと、「学童に遅れちゃうからまたね!」と、行ってしまった。こういうとき、なんで慰めたらいいのか。普段小さな子どもと触れ合うことがないから、未だによくわからずギクシャクしてしまう。 「三原さん、今日は早朝からすみません」 「あ、先生」  玄関先での会話が耳にでも入ったか、先生が奥からいらした。 「業者の方はもう離れの方ですので、僕たちはご挨拶をしてから事務所の方に参りましょう」 「はい」  今日の先生は力仕事を意識してか、ブルーデニムに焦茶のニットだった。いつもと少し違うカジュアルな装いもまた素敵でお似合いだ。 「三原さん」 「は、はいぃ!!」  脳内妄想を読まれたかと返事が怪しくなった。でも、先生はそれには触れずに私に微笑んだ。 「そのようなカジュアルな姿も素敵ですね」 「へ? あ、いえ、ありがとうございます、光栄です!」  引っ越し日だから別におしゃれをしてきたわけではないけれども、ブルーデニムに黒のタートルネック、髪は結んでいるけど茉麻に教わったルーズ目のまとめ髪にしている。 「僕たち、ペアルックみたいですね」 「いやいや、滅相もありません!」  即座に激しく否定してしまい、気分を害されなかったかと心配になる。でも、先生は変わらず穏やかな顔をしてらしてほっと安心した。
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