変わるとき

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「なにかおかしいことありましたか」 「いえ、もしかしてクリームソーダがお好きなのかなって思いまして」 「ああ、そうですね、クリームソーダは大好きです。子どもっぽいですよね」  先生の笑顔。優しい声。ああ、私は幸せだ。 「ナポリタンも唐揚げも、子どもの頃から好きです。僕は変わりませんね」 「そんなことないと思います」 「そうですか」 「お茶の時間にいただく和菓子とかは大人になられてからの嗜好ではないのですか」 「うーん、そうですね」  先生が考え込んでいる間に、頼んだものが次々に運ばれてくる。先生は「熱いうちにいただきましょう」と手を合わせた。私も「いただきます」と手を合わせた。 「子どもの頃から大福や煎餅も好きでしたね。三原さんは?」 「私は……」  思い返す幼い頃。大好きだったお菓子は昔ながらのビスケット。小さい子どもでも持てるサイズで、乳酸菌が入っていると書いてあった。  そんな話をしながらオムライスを食べる。そういえば、私も小さいときからオムライスが大好きだった。 「私も、オムライス大好きでした」 「そうですか」  先生が微笑む。 「この街は、マンション側は近代的で、こちら側は昔ながらの商店街で長く続いてるお店も多いようです。気に入りの店を見つけて仕事への励みにしましょう」 「はい」 「賑わっている割には穏やかな印象の街ですし、僕はここが好きになれそうです」 「私もです」 「良かった」  先生はナポリタンのソーセージをフォークに刺すと、ゆっくりと口を開けた、白い、綺麗な歯並びの歯が見える、舌が動く。口が閉じられ、咀嚼する。 「新しい場所で、共に頑張りましょう。三原さんのサポートに期待してます」 「はい、ありがとうございます」 「さっそくですが、来月神戸に取材に行くわけですが……」  先生は仕事熱心な方だ。昼ごはんを食べていてもその話になる。私もまた、オムライスを咀嚼しながら仕事モードになろうとしていた。  でも、完全にはなれなかった。頭の片隅に、先ほどの先生の様子が浮かぶ。  ソーセージを口に運ぶ、フォークを持った先生の美しい手。形の良い唇。開いた口の中から見えた艶かしい舌、美しい歯。  あの歯で咀嚼されたい、と一瞬考えた自分を恥じた。先生はきっと、私がそんなことを考えたなんて微塵も思っていらっしゃらない。  煩悩よ、去れ!  何度頭の中からその映像を消そうとしても、より一層艶かしく明晰に思い出されるエロティックな先生の口の動きに、私は……欲情したことを否応なく知らされ、自己嫌悪に陥った。
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