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好きな人に欲情するのは、当たり前のことだ。好きならば触れたいし知りたいと思うし、それが叶ったらもっと、と望んでしまう。
でも、私は先生に欲情してはいけないのだと思う。先生は同じ職場で働く相手、ましてや上司だ。好意を持つことだって憚られる相手。もしも私が先生に欲情しているなんて知られたら、恥ずかしすぎて死んだ方がマシだし、先生だってなんら性的な興味も持っていない相手が勝手に自分に欲情してる、なんて知ったら気持ち悪いと思うだろう。
なのに私の煩悩は、あの手この手で私を誘惑する。ましてや食後の片付けは資料類の開梱作業。視覚から刺激されてしまうものばかりなのだ。
私はとりあえず心を滅することにした。心頭滅却すれば火もまた涼しいならば、欲もまた何か別なものに変えられるに違いない。
二時か三時になれば和田さんもやってくる。先生と二人きりの空間で、目に刺激的な資料の整理という、なんの罰ゲームかと思う地獄タイムを終わりにできる。私は和田さんの登場を心待ちにしていた。
「三原さん」
「はぃぃ!」
先生の突然の呼びかけに、またしてもおかしな返事をしてしまった。どうも最近、過敏すぎる気がする。ええい、動揺するな、私。
「驚かせてしまいましたか」
「いえ、集中していたもので、すみません」
「そのAVの収納なんですが」
「はい」
そう、私は今、多種多様なAVを出演者順に整理整頓して棚に収めている。パッケージの艶かしい女性たちが私を見ている。
「多分今、女優さん別に整理してもらってると思うんですが、ジャンル別にしてもらっていいですか」
「はい、わかりました」
「どうもジャンル別の方が参考場面が探しやすくて。せっかく途中までやっていただいたのに申し訳ないです」
「いえ、とんでもないです、すぐやりますので」
先生から目線を外し、黙々と作業をする。うららかな昼下がり。窓からは暖かな日差しが入ってくる。桜はまだほとんどが蕾だけれども、きっと数日のうちには咲き始める。
極力手に持っているもののことを考えないように別のことを考えながら手を動かす。そういえば、そろそろ先生のお母様が帰国される頃のはずだ。以前は「紹介します」と言ってくださったけれども、先生の私生活は私の仕事と関連がないから紹介はしてもらえるかわからないけれども。
「三原さん」
「はぃい!」
また怪しい返事をしてしまい、先生がクスリと笑う。この美しい笑顔の持ち主に欲情するなんて、俗すぎて許されない行為だ。
「……三原さんは」
先生が思慮深げに、言葉を吐く。なにを言われるのだろう。私はAVのディスクを手に持ったまま、先生の言葉を待った。
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