初めての泊まり出張(2日目)

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 黒田さんの案内は完璧だった。私が用意したプランをサポートしてくれる感じで、案内した場所に先生が少し納得をされていないと、近くにある素敵な場所、レトロモダンなカフェ、観光客は誰も知らなさそうな裏露地へと案内してくれる。  神戸、という街がこんなにも楽しく、妖しい魅力に溢れているとは。インターネットで調べただけではまったくわからなかった……やはり、地元の人は強い。いや、地元だから強いわけではない。黒田さんだから、なのだろう。    私はとても楽しかった。初めて訪れた土地だから、というだけではない。緊張感がほどよく緩んだことも作用していたと思う。  先生も楽しげだったし、満足されていたように見えた。  黒田さんも「とっておきの場所ばかりですよ」と少々自慢げだった。自分の好きなもの、感度を刺激するものを共有して、共感してもらえるのがすごく嬉しいです。それが尊敬している大好きな呉先生なら尚更です、と、真顔で言って先生を照れさせていた。  私も、黒田さんには本当に頭が上がらないと思った。ここまでよくしてくださるなんて、ガイド料をお支払いしないといけないですね、というと、黒田さんは「じゃあ三原さん、からだで払ってくださいよ」と笑いながら言った。私は「力仕事なら任せてください!」と二の腕に力こぶを作って見せたら、黒田さんは私の二の腕に触れ「こんな非力じゃ何も持たせられませんよ」と、笑った。それを見て先生も笑っていたと思ったのだ……実際、笑っていた。表面上は。  夕方、舫堂に赴き、弓削さんたちに手土産を渡して挨拶をした。店内は学校帰りの学生や、夕食の買い出し帰りと思しき方々で案外賑わっていた。平日夕方でこの集客、昨今の書店にしてはかなり努力をされているのだろう。  あまり仕事の邪魔をしてはいけないということで早々に舫堂を後にし、夜から予定が入っているという黒田さんとも別れた。  黒田さんは別れ際に、「僕、今度東京にいくかもしれないので三原さんに連絡してもいいですか? よかったら東京案内してください」と言った。  私は快く頷いた。ここまで良くしてもらったんだから、それくらいは当然のことなのだと思っての返事だった。  黒田さんは先生に向き直ると、「新刊のフェスとサイン会、またうちでもやらせてください」と、きっちりお辞儀をした。  ああ、仕事の顔に戻ったんだな、と感じ入った。今までの黒田さんはプライベートだったけれども、ここから先はビジネス、という感じの線引きが、潔いと感じた。
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