初めての泊まり出張(2日目)

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「……三原さんは、困った人だ」  少しのため息とともに吐き出されたその言葉に、少なからず落ち込んだ。秘書としてたしかにまだまだ力不足。それは自覚している。毎日反省しきりだし、いつになったら先生の期待に余裕をもって応えられるのか、皆目検討もつかない暗中模索の日々なのだ。 「あなたは全く自覚がないんですね」  ぶんぶんと首を横に振る。いいえ、先生。自分がいかに能力がなく、気遣い気配りができないかは認識しています、それくらい自覚するだけの能力は持ち合わせております! 「僕は、どうも期待してしまうのですよ」  分かってます。先生が何を期待しているかくらい私にだって分かります。  ただでさえお忙しいのに私に仕事のイロハも教えなければならない。アルバイト期間を通してもまだまだ一人前になったとは言えない私を根気よく指導してくださる。  いつかバリバリと先生のスケジュール管理をし、スムースに先生が求める資料を差し出し、出張手配を決め、三原さんは完璧です、と褒められる日がやってくるのでしょうか。いいえ、私はその日を夢見て日々精進しているわけですが……。 「あの日の出会いから、もう僕はね、決まっていたのだと思うんですよ」  思い起こせば半年前。もう半年かとも思うし、まだ半年かとも思う。  あのとき、先生と出会わなかったら私は今頃就職浪人で、目を皿のようにして求人情報を見ていたことでしょう。 「あなたが昨日、催淫効果のあるお茶のせいだとしても言ってくださったことは……」  ひゃあ。顔に血液が集中する。私は両手で顔を覆った。尊敬する大好きな先生を、どんな言葉で罵倒してしまったのか。その内容いかんでは、この職を辞さなければならないかもしれない。 「教えてください、三原さんの本音を。僕はうっかり有頂天になりそうで、自分を御するのが大変だった。なのにそこに黒田さんが関わってきて、天にも昇る心地と地獄に突き落とされる気持ちの両方を味わっている」  へ? と思い両手を外す。有頂天? 地獄? どうして?
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