初めての泊まり出張(2日目)

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「三原さん、あなたは……」  先生の、美しい眉がひそめられる。長いまつ毛が頬に影を作り、その奥の瞳には昏い光が揺れている。  私は決めた。勇気を出さなければならない。そして、誠心誠意先生に謝罪し、もしも許されないならば辞めることも考えなければ。  辞める。それは、もう先生に会えなくなることを意味する。先生の側で、先生の気配を感じながら仕事をしていた日々が走馬灯のようによぎる。  ああ、もしも先生が許してくださらなかったら、あの甘美なる日々を手放さなければならないのか。そして再び、就職活動をしなければならないだろう……。  しかし、と先生の目を見つめ返す。先生はおや、と少したじろいだかのように目を見開いた。先生、私は誤魔化すつもりはありません。どんな暴言を吐いたとしても、それを謝罪し、本心でないことを理解していただきたいのです、そのためなら言葉も心も尽くしてみせますとも! 「先生、教えてください」  そうは言っても、発する声は掠れた。手が細かく震えている。でも、問わなければ答えは得られない。 「私、先生に何を言ったのでしょうか。あの日、私には何を言ったかの記憶が全くありません。もしも失礼なことや先生を侮辱するようなことを言ってしまったのなら、全身全霊でお詫びします。私が先生を貶めるようなこと、絶対言うはずがないんです、だって私は……」  私は、先生が大好きだから。  ただ憧れているだけじゃない。男性として、好き。  しかしその言葉は飲み込んだ。それは言う必要はないだろう。もしも伝えて、先生を嫌な気持ちにさせてしまったり、居心地の悪い思いをさせるくらいなら私は一生気持ちは伝えなくていい。 「本当に覚えていないんですねぇ」  先生は笑いを堪えるように口元を手で覆った。やがてくすくすと笑い始め、目尻を下げて私を見た。その目には、慈愛があふれていた。 「言ってしまっていいですか」 「は、はい」 「聞いても後悔しない?」 「はい……」  頷きながらも不安を感じる。私、本当に何を言ってしまったんだ?  先生は私の前に立った。そして、ひざまづいて私の手を取った。想定外のことに体が固まり、反応できない。 「先生、好きです、大好きです、愛してます」  先生の、耳心地の良いセクシーな囁き声。まさか、と思った内容を聞かされて、私は反射的に立ち上がろうとした。その肩を柔く抑えられ、先生の唇が耳に近づく。触れるか触れないかの距離。体温を感じる、圧を感じる。鼓膜に感じる先生の声の振動。その熱情に心が縫いとめられて、動けない。  ──抱いてください、って言われましたよ。  ずっと抱かれたかった、って。  先生は私のことどう思ってますか、って聞かれました──
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