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「その返事を、してもいいですか」
先生の声が甘い。耳の奥に吐息を流し込むように甘い声が忍び入り、思わず背中がぞくりとする。
「先、生……申し訳、ありません」
「何がです?」
「私……私は……」
お茶のせいだとしても、正気ではなかったとしても。共に働く相手から、性的な目で見られていると知った先生は、いったいどう思われただろうか。先生は紳士だから、きっと無碍なことはしまい。けれどもそれでは、先生に無理をさせてしまう、今以上に気を使わせてしまう。
「謝る必要はありませんよ、むしろ僕は嬉しくて嬉しくて、顔がニヤついてしまうほどでした。例えお茶の効果のせいだとしても……三原さんの口から、僕への欲を、感情を聞くことができた」
「先生」
私は先生の腕から逃れようとした。細身の先生の、どこにそんな力があるのか。いや、やはり男性だからなのか。抱き止められた腕を押してもびくともしない。先生の息が更に熱くなる。
「上野さんに確認をして、更に喜びは増した。あのお茶は催淫効果があるだけでなく、本音を吐露してしまうのだそうです。特に、誰にもいえない、隠しておきたいようなことを言ってしまいたくなるそうですよ」
先生のエレガントな指が私の顎をそっと捉えた。正面を向かされる。目を見られなくてそっと視線を外した。
「僕を想ってくれて、嬉しいです」
「先生……」
先生は顎を捉えていた指をそっと外すと、私の髪に触れた。
「なのに、目が覚めた後の三原さんは黒田さんからの連絡を気にされていて、僕は混乱しました。まるで彼からのメールを待ち望んでいたかのように落ち着きがなくなっていて」
「え……、えっ? そんな、でしたか」
「そんなでしたよ」
先生が微笑む。
「好きな人が他の男からのメールを気にして、すぐにでも読みたいなんて素振りをしてたら、そりゃあこちらも余裕がなくなります。ましてや、仕事についてきてもらう算段をつけていたとなると、僕はもしや自分は当て馬かと疑いました」
「先生、私そんなつもりでは」
「ええ、分かってます」
先生は私の髪をいじっていた指を、今度は肩へ、と回した。
「好きです、三原さん」
「は? ……え? 今、なんておっしゃいましたか」
「僕も三原さんが好きなんです」
すぐには、言われたことが理解できなかった。先生が、私を好き?
「僕は男やもめだし、息子もいる。そして三原さんの雇い主で年齢差も大きい。だから気持ちを表さないようにと気をつけていました。しかし、ここは黒田さんに感謝すべきなんでしょうかね? 彼の存在が、僕の背中を押してくれましたよ」
先生の指が頬に触れた。指先、少し冷たい。そのまま、頬の輪郭に沿って指が滑る、撫でられる。
「僕は三原さんを、女性として好きなんですよ」
鼓膜が震える。甘い。甘くて蕩けそうだ。脳の回路が過剰な甘さに吹っ飛ぶ。何も理解できない。目の前に先生の美しい顔が迫る。
柔らかななにかが唇に軽く触れ、何度も確認するように離れては触れる、を繰り返す。
「三原さん……? 息、してますか」
息ができるわけがない。私は完全にパニックになっていた。
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