1 八年目の春

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  「シオ?!」  行き交う人の喧騒を呑み込むようなダークカラーを纏うシックな空間を穿つように解き放たれた吹き抜け。潜り抜けて届いた声は懐かしい人のものだった。  硬質な建物の反響によるものか、思いも寄らない再会のためか、もう一度かけられた声はより響いた気がした。  関西最大のターミナル駅から人工的に引き込まれた水と緑に縁取られたアーケードを通り抜けた先にある、ホテルのようなショッピングビル。その一階の広場前にあるカフェの前で久しぶりの遠出にテンションが上がり駆け出す息子を追いかけていた。  呼びかけられた声を辿ると、涼やかな顔立ちはそのままに纏う雰囲気は随分と落ち着いた大学時代の彼氏、木邑(きむら)慶がいた。 「あの時の、子?」 「そう、もう小学一年生なの」  ただの動揺かそれとももう少し話を繋いでいたいからか、聞かれた以上の情報を付け加えて彼に伝えていた。  八年前の大学卒業時に慶との間に出来た子、大和。当時、彼の女性関係に心がついていけなくて何も言わず逃げるように別れた。  そしてそのあと出会った頼もしい上司と結婚した。けれど、その結婚も…… 「久しぶりやな、今日は二人なん?」  誰かを探す素振りをする慶に、別れてからの私の結婚を知っていることが伺え、気遣いさせないよう簡潔に離婚の言葉だけを伝えた。一瞬驚いたように見開いた瞳はすぐ笑顔に戻り、ランチでもと誘われた。  レストランフロアへ向かう途中、ショーウィンドウによく似た二人が映る。  人見知り無く、場に馴染みやすい息子はすぐに慶に懐いた。楽しげに会話の止まらない息子の相手をしてくれている彼を見て、こんなに子煩悩な人だったのかと驚く。私の視線に気づいた慶が遠い日に惹かれた笑顔で笑った。 「シオ達にこうして会いたかった。ちなみに結婚してないし、彼女もいません」  さっきの私の視線に気づいていたのだろう、人の悪い笑顔を浮かべわざとらしく左手をひらひらと上にかざした。  一気に懐かしい、遠いあの頃に戻った気がした。
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