748人が本棚に入れています
本棚に追加
馴染みの自動車メーカーのショールームカフェの前で、ロングヘアをふわりと靡かせた女性が幼い子供を追いかけていた。
見間違えるはずもない元カノ、シオだ。
本人と確認するより先に、声と身体が弾むように飛び出していた。
初めて会ったのは大学1回生の春だった。好みの美人と気安く声を掛けたけれど、もの慣れなさとのギャップに落ちるように夢中になった。
最初は猫のように逆毛立てていた警戒心を少しずつ解いていったシオ、彼女と過ごした時間の細かなことまで思い出せるくらいに大切な存在だった。
不躾な俺の呼びかけにふりむいたのは、華やかな目鼻立ちに色彩の薄い瞳と肌がどこか儚げな懐かしい彼女だった。
てっきり幸せに暮らしているものだと思っていたのに。時折り見せる物憂げな眼差しは今の彼女の苦労を滲ませていた。
彼女の横の小さな男の子。存在を聞いてはいたけれど、初めて会った俺の子供。浅はかな行動で彼女を傷つけた行為の結果だった。
彼女が息子を大切にしているのはすぐにわかった。そして息子の大和も。
「おじさんはママの味方?」
「ああ。大和のママと大和のためやったら何でもするよ」
「じゃあ指切りしてくれる?」
二人には苦労と縁遠い優しい幸せだけを与えてあげたかった。彼女が席を外した隙に、おずおずと差し出された大和の小さな指に誓った。
最初のコメントを投稿しよう!