1.朝顔を生かし続けてくれた人

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1.朝顔を生かし続けてくれた人

 夏休みに入ってからずっと、湿気っぽい部屋に放置されたままだったから、ひどくカビ臭くなってしまっていたピンク色のランドセル。もうすぐ学校が始まるからと、5日ほど前に隣室のゴミ山から掘り出してくれたのは谷山(たにやま)修一(しゅういち)さんで、除菌シートできれいに汚れを落としてから、ベランダで陰干しまでしてくれた。おかげでイヤな匂いはすっかりなくなっている。消えかかっていた「光井(みつい)七美(ななみ)」の文字も、黒いネームペンで上書きしてくれたので、くっきりしていた。  夏休みも昨日で終わり、今日から2学期が始まる。昨夜、ランドセルに詰め込んでいた持ち物に漏れがないか、念のため再チェックする。授業参観の出欠確認票をしみじみ見つめてしまうのは、「出席」のところに丸印がつけられていることも大きいが、保護者欄にある「光井遥香(はるか)」という見慣れた4文字が、いつもと違ってこじんまりとした丸っこい字で書かれていることにもあった。 「忘れ物、大丈夫?」  台所に立って朝ごはんの支度をしていた谷山さんから声がかかった。フライパン片手に小学生の世話を焼くその姿は、男の人なのにまるでお母さんみたいだ。 「大丈夫、全部そろってる!」  いつでも長袖の白いシャツを腕まくりし、下は生成り色のデニムスタイルの谷山さん。1セットしか服を持っていないのかと思ったら、白いシャツも生成り色のデニムも、和ダンスの中にそれぞれ5着ずつあった。  あれこれ考えるのが面倒だから、高校1年生のときから12年間ずっと、夏はそのスタイルで過ごしてきたという。涼し気で清潔感のあるその組み合わせは、すらっと背の高い色白の谷山さんによく似合っていたし、谷山さん専用の制服みたいで何だかおもしろくもあった。 「七美ちゃん、ご飯できたよ」  少し長めのサラサラの前髪をかきあげながらえくぼを見せる谷山さん。 「じゃあ、私、お膳拭くね!」  台ふきんを取りに、台所まで小走りする。  谷山さんの家は、8月12日まで私が住んでいた隣室とは配置が逆になっていて、玄関をあけると細く短い廊下の右側には水回りがあり、左側には小さな台所が設置されている。部屋の広さと数は全く同じで、8畳の和室が1つしかないが、押入れの位置が右側なので、これもまた逆転していた。  8畳間の中央には円形の茶色いテーブルが置かれている。谷山さんはこれを「お膳」と呼んでいるから、私も最近はそれに(なら)っている。 「あ、七美ちゃん、パジャマ、畳んじゃった?」 「うん」 「今日、シーツとかタオルケット洗濯するから、ついでにパジャマも洗っちゃおうかなって!」 「うん、わかった。洗濯機に入れてくる!」
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