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 恐る恐る、三郎太は廊下に上がり、足跡を辿った。もし家主がいるならば挨拶をせねばならないと思ったのだ。玄関先で何度か呼んでみたが、返事はなかった。 「しかし、こんな立派な屋敷が山の中にあっただろうか……?」  不思議に思い首をかしげながら、三郎太は左右の襖に目を瞬かせた。  ふと、少し興味が湧いて。  三郎太は襖の一つを掴み、ゆっくりと音を立てぬように開けてみた。途端、三郎太をまばゆい光が襲った。 「うわっ!」  三郎太は目を見開く。光の正体は、たくさんの財宝だった。大判小判、真珠の首飾り、金箔の屏風、大小様々な水晶玉……中には小さな蝋燭の明かりしかなかったが、それをいくつもの黄金色が何十倍にも強くさせていた。三郎太は慌てて扉を閉め、廊下へと戻る。 「こりゃあ、よほど立派なお家に違いない。ますますもってきちんと挨拶をせねば」  やがて最奥に着くと、そこにはやはり大きな襖があった。開けた三郎太を迎えたのは、自身の自宅よりはるかに大きな部屋と、そこにやはり所狭しと、雑に置かれた財宝の数々だった。見るからにズシリと重そうな品々を前にして、三郎太は困ったように立ち尽くした。他に扉の類はなく、部屋はここが最奥のようだった。 「参ったな、家主は留守か……いや、それ以前に、この屋敷は一体何なのだ。この目を潰さんばかりに輝かしい宝の数々……」  あるいは、宝物を貯蔵するための蔵か何かなのだろうか。足元に転がっていた宝玉を、何の気なしに拾い上げる。三郎太の目は恍惚と、宝玉を見つめていた。 「何をしている!」  突如、背後から怒号が浴びせられ、三朗太はびくりと身体を震わせた。見ると、三郎太よりもやや背の低い男が、開いた襖の前で腕を怒りに震わせている。貴族のような立派な召し物に身を包んだ男の姿に、三郎太は見覚えがある気がした。 「貴様、私の宝を奪いに来たコソ泥か? ならば許さん、始末してくれる!」  だが記憶を辿ろうとするより先に、男は唾を飛ばさんばかりに怒鳴りつけると、三郎太へと襲い掛かってきた。掴みかかり、三郎太を部屋の中で押し倒す。そのまま馬乗りになると、震える手で首を絞めてきた。  突然のことに三郎太の思考は追いつかない。手足を畳に叩きつけ、ジタバタと暴れ、どうにか振り払おうとするが、男の力は強く、怨念でも籠っているかのようだった。  私の宝?冗談じゃない、《これは俺のだ》―――!  三郎太の口からくぅ、と絞り出すように声が零れる。頭がガンガンと痛む。ばたつかせる手が何かに触れた。顔が膨れ上がるような熱い痛みに全身が悲鳴を上げ、触れた何かを必死に掴み直すと、首を絞めてくる男の側頭部へ思いきり叩きつける。  果物が砕けるようなグシャリ、という音と共に、三郎太の首を絞めていた手の力が緩み、男は力なく横に倒れ込んだ。三郎太は荒い呼吸を必死に繰り返し、失った酸素を懸命に身体の中へと取り込んでいく。  屋根に叩きつけられる雨音と、三郎太の呼吸の音だけが部屋の中に響いていた。鈍った頭は、助かったことに安心していたが、やがて時間が経つにつれ、三郎太はとんでもないことをしでかしてしまった、と身体を震わせ始める。起き上がっても、男はピクリとも動かない。手に持っていた水晶玉にべっとりと赤いものが付いているのに気付いて、小さく悲鳴を上げてその場に投げ捨てた。 「なんてことだ……あぁ、なんてことを……」  グルグルと思考が回転するが、いくら頭を廻らせても何も考えが纏まらない。宝の光が、三郎太の思考を妨げようとする。  恐る恐る男を揺する。顔の半分が赤く血で染まっており、また小さく悲鳴を漏らしたが、記憶の片隅に何かが引っかかる。  歯をカチカチと鳴らしながらじっとその顔を見つめて……今度は大きく悲鳴を上げ、腰を抜かした。  目の前の男の顔は、記憶の中にある、二十年前に死んだはずの、三郎太の父と全く同じであった。 「あ、ぁ……」  男が、否、父がうめき声を上げた。三郎太はハッと我に返り父を抱き起こす。うっすらとあいた眼は、焦点が定まっていなかった。 「親父、親父!」 「ぁ……お、お前……三郎太、か……大きく、なったな。私は、ここは……あぁ、そうか……」 「親父、一体何が……俺は、俺は……!」 「いいんだ……いや、あまりよくはないが、まだ間に合う……。……いいか、三郎太、すぐにここを出ていけ。まだ夕立は止んでいない。今なら出られる……」 「何を言っているんだ……わかった、医者を連れて」 「ダメだ! ……ココに、もう来てはいけない……お前が、私になってしまう……」  父の言葉は支離滅裂なものにしか聞こえなかった。だが揺れる焦点は懸命に三郎太の方を向いていて、何かを伝えようとしているのは明白だった。
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