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「お前とはぐれたあの日、私と母さんは夕立の中でこの屋敷を見つけた……。一時の雨宿りのつもりで入ったら、見たこともない綺麗な宝が、そこら中に散らばっていて……。……母さんは、早く帰ろうと言っていた……けど私は、一つくらいならいいだろうと、小さな宝石を掴んで、懐にしまったんだ。そうしたら……奴が……、貴族のような服を着た女が、突然現れて……。その形相に怖気づいて、私は一人逃げ出してしまった……。母さんは、女に掴みかかられて……私が見たのはそこまでだった。気が付いたら山の麓で立ち尽くしていた……掴んだはずの宝石は、どこにもなかった……」  三郎太は息を飲む。一人戻ってきた父は、びしょ濡れのままぼんやりと懐を探っていた。 「あの日から私は、ずっと屋敷のことが頭から離れなかった。……母さんのことではない……屋敷の中にごまんとあった宝の数々が、寝ても覚めても視界の中にちらつくんだ……。何度か山に登ってみたが、屋敷は見つからなかった。あれは夕立と共に現れる宝物蔵なのだと思った……。だから、一年がたって、山に夕立が降っているのが見えた時……」 「そんな……」  三郎太の記憶にある父の姿。山を見つめ、空を見つめ、何かを探すように、意味もなく山を登る父。誰もが気の毒がり、止める言葉が見つからなかった。夕立の中、抑えようとする村人の手を振り切って、包丁を手に山へ走っていく姿を、我が子を置いて妻の幻影を追い求める姿を、誰も責められなかった。  だが、実際にはその心中に、母への想いはなかったという。あったのは浅ましい、宝への執着。失望と怒りが、同時に沸き上がり、そんな父を殴ったことへの罪悪感とが、心の中でごちゃ混ぜになっていった。 「俺は、俺はアンタのことを……」 「失望してくれていい……あぁ、今更だが言える。私は……最低の、父親だ、最悪の男だ……。……屋敷を見つけ、入った時、あの女も、母さんもいなかった。宝を取ると出てくると知っていたから、私は懐に忍ばせていた包丁を掴みながら、宝に手を伸ばして……、途端に出てきた女を、そのまま刺したんだ。それが、母さんだとも気付かずに。……そうだ、赤い召し物に身を包んでいたのは、見知らぬ女ではなく、屋敷に取り残された母さんだった。今の私と同じだ。あの死体は、母さんじゃなく、母さんの服を着せられたあの女の死体だったんだ……。きっと私が逃げ出してすぐに、どうやったかは分からないが、女は母さんに殺された、そして「入れ替えられた」……。ココは、そういう場所だ……私も気付けば、この姿で、一人屋敷の中に立っていた……。三郎太、すぐにここを出ていけ。私は生きている。今なら、まだ出られる。いつまた私がおかしくなるかわからない、だからその前に出ていけ……出ていけ!」
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