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 どこをどう走ったかわからない。父親の剣幕に、叩きのめすように告げられた滅茶苦茶な事実に頭は完全に混乱していて、気が付くと、三郎太は山の麓にいた。夕立は止んでいる。生温かな風が三郎太を撫でた。すべては夢だったのではないか。夕立から逃げる中で、朦朧とした三郎太の頭が見せた白昼夢だったのではないか。ぼんやりとそう考えた。だが自分の姿を見返すと、衣服には父親の返り血が飛沫のようにかかっていた。その姿で村に戻ったものだから、村人たちは随分と驚いたが、事情を震える口で説明しても、信じる者はいなかった。  それからしばらくした後、三郎太は意を決し、再び山に登った。だが随所にあった紐を目印に、当時の足跡を懸命に追ったにも関わらず、その先にあるはずのあの屋敷は、ついに見つけることは出来なかった。  屋敷は、宝は、父は、三郎太の衣服に着いたわずかな血飛沫だけを残して、その姿を跡形もなく消してしまった。  まるで雨足の跡だけを地面に残して消え失せる、夏の夕立雲のようだった。  それからというもの、三郎太は村の手伝いを碌にしなくなった。  常に空をぼんやりと眺め、たまに畑に出ても、雲を、あるいは山を、ずっと目で追っていた。どこかで雷が鳴るとそちらをじっと見つめた。その心中に、煌びやかな宝の山のことは微塵も浮かんでいなかった。浮かぶのはただ、孤独に屋敷に取り残されている父親の姿だった。自分がかつて関わることを拒んだ父の顔だった。  そして翌年の夏、山にまた夕立雲がかかるのが見えると、三郎太は周囲が止めるのも聞かずに乗り込んで、そのまま帰ってこなかった。  村人たちは、三郎太もまた、夕立に惚れてしまったのだと思った。  またしばらくして、一つの死体が見つかる。  雨でグズグズに腐ったそれは、三郎太の服を着ていたから、三郎太なのだろう、と、村の誰もが思った。そして残る二つの死体を埋めた墓に放り込み、夕立に攫われた哀れな親子を、手厚く葬った。
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