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プロローグ
昔、二人で近くの水族館に行った。まだ小学生だった私たちにとって、隣町とはいえ二人きりで行く場所は冒険のように思えた。
電車でふた駅。駅を出て、15分ほど歩く。それだけの道のりが、新しさに満ちた旅のように感じられた。
やがて看板が見え、胸が高鳴るのを感じた。帰りの電車賃とチケット代の入った財布を握りしめ、私は彼女の手を引いて急ぎ足になった。
水族館に入ると、私は初めて見る海の生き物に心を踊らせた。図鑑で見て想像していたより、大きかったり、小さかったり。動きも速かったり、ゆっくりしていたり。
青い照明がゆらめいて、私の影も揺らしていた。イソギンチャクにクマノミ、クラゲ、ヒトデ、名前は覚えてないけど、細長くてきらきらした鱗の魚……私は夢中で水槽を見て回った。次の水槽にはどんな魚がいるのか、次々に宝箱を開けていくように、先に進んでいった。
ふと、彼女が隣にいないことに気がついた。その瞬間、真っ暗闇に突き落とされる感覚がした。
そんなに大きな水族館ではなかったけれど、館内は薄暗く、迷路のように入り組んでいたため、私はそこで迷子になってしまった。
その時はパニックになって泣きながらも、いろんなことを考えたのを覚えている。元はと言えば私が二人で行こうと誘ったのだった。こんなことになるなら親と一緒に来るんだった。今頃は彼女も私と同じように不安で泣いているんだろうか。本当に申し訳ないことをしたと思った。自分を責めた。
泣いている私を見つけた職員さんが出口まで連れていってくれた。それでも私は気が気でなかった。まだあの子は中にいる。それを伝えると職員さんはまた入り口の方に私を連れていった。
すぐそこに、彼女はいた。一番はじめの水槽を、ただじっと眺め続けていた。
「そこに、ずっといたの?」
「うん、そうだよ」
そう、ずっと、彼女はそこにいたのだ。
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