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元気に咲くハマボウはあのころのままで、僕を中学生のころにいざなう。
大東亜戦争が激化するなか、法律が改められ、志願兵の採用年齢が十四才からになった。
「合格しました」
昭和二十年。三年生にあがる前の三月。すでに試験を受けていた僕は合格通知を受け取り、ゆきさんに渡した。
「なんで。進さんどうして」
伯母のゆきさんは色白だ。いつもきっちり髪をまとめあげていて、広がる額に浮き出た青筋がよく目立つ。
その筋は、蒼龍のような威圧感があり、僕は縮こまってしまう。
「勇さんと同じように士官学校に行けば――」
「すみません。僕には兄さんほどの実力がありません」
内緒で受けていた僕は、そう謝るのでせいいっぱいで、家の外へ逃げた。
されど、行くあてはない。
どうしようかと、いましがた出てきた門を振り返る。
「進さん」
茅葺きの木戸から紺色の着物の袂ともんぺが見えた。
僕の足は地を蹴って、駆けだした。路地の砂が巻きあがる。浜のほうから流れこむ強い風があたる。
まだ冷たいその風を身体中に浴びたくて、内陸へ吹きつける海風に逆らって進んだ。
空襲警報が鳴り響いてもかまわず進む。田舎なこの町はB29の通り道となっているだけで、爆撃されない。
海岸は家から徒歩で一時間弱離れていて、防風林の松並木にたどり着いたときには、僕の足は歩いていた。
情けない、と思ってしまう。士官学校に通う勇兄さんならこの松並木も走り続けることだろう。
だけど、僕は兄ほどの体力はなく、弱い男だ。それなのに、ゆきさんは伯父と同じ軍人になることを僕に期待して、厳しい教育を施してきた。
軍人になることがそんなにすごいのだろうか。軍人以外はだめなのだろうか。
僕は軍人という敷かれたレールを壊すために、志願した。
少年兵となれば人間爆弾となって戦闘機ごと突っこむことを、わかっていた。人生を終わりにしたらレールを断ち切れると考えた。
そう、僕はお国のために身を捧げる覚悟があるんじゃない。 伯母から逃げただけ。
本当に情けない男だ。
松の間から見えてきた海をただ眺める。雲に空をおおわれた海はにぶい光を反射させている。
ふと、潮騒にまじって歌声が聞こえてきた。
勇ましい軍歌ではない。優しく哀愁ある旋律が少女の透明な声で流れていた。
挙国一致という世のなかに逆らっているのだろうか。
親近感を勝手にいだいて、僕は声のほうへと静かによっていった。
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