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「きみらしくない」
思わず僕は言った。
「『どうせ短い命』だなんて。きみらしくない。
きみは生き生きとしていて、そんなきみを見て僕は生きたいと思えたんだ」
想いをどうしても言葉にしたくて吐き出した。言語化しなければ僕のなかにある彼女像が消えてしまう気がして。
「二回……。二回会っただけで、その人らしさなんてわかるのですか」
マツコさんは顔を赤らめ身体を震わせた。
もがき苦しむ声をあげながら右腕を小刻みに持ちあげ、二の指の形をつくろうとしていた。けど、伸びるべき指は伸びず、曲げるべき指は曲がりきっていない。
僕が驚いて見つめる先で、彼女はどっと疲れたように腕を下げた。
「どうにもならないこともあるのです。
生きるのをあきらめたんじゃない。
運命を受けいれ、いまを楽しもうとしているのです。どうせ短い命なら、一日一つは楽しい思い出をつくってみようと」
マツコさんはまた空を眺めた。
瞳が輝いている。元気のない顔でも。
「僕は勘違いしてましたね。
『どうせ短い命』と言うマツコさんもきみらしい」
「二回でわかるものですかね」
やわらかな陽光を受けるマツコさんのほほがかすかにあがった。
「たぶん」
僕もちょっと笑って、隣に腰かけ、空を見た。
子どものとき空の絵を描いたのを思い出す。修おにいちゃんといっしょに描いたのを。
年子の修おにいちゃんは身体が弱くて、よく床で絵を描いていた。
絵がうまかった。描き方を教えてくれるし、いっしょに窓からの景色を写生したりもした。
けど、病状が悪化した修おにいちゃんを看とることはできなかった。僕はゆきさんの養子になったから。生家から離れた藤野家で訃報を聞いた。
養子なんかにもらわれなければ、僕は修おにいちゃんといられたのだ。命のともし火が消えるときまでずっといっしょに。
「おにいちゃん……」
ふとこぼし、慌てて口を押さえる。
「あ」
と、マツコさんが声をあげた。
「あ。私も兄のことを考えていました」
興奮ぎみの彼女はやっぱり真夏の花のようで、僕は修おにいちゃんとできなかったことをしたいと思った。最期のときまで楽しい思い出をつくりたいと。
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