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「いらなくねーよ。俺は嬉しかったぜ?お前にいつも助けて貰えるの。お前は、本気で俺のヒーローだったよ」
月夜はどこか、眩しそうな眼で俺は見て言う。
「女の子みたいな顔も、チビな背丈も、運動音痴なのも全部コンプレックスだったからなあ。お前に勝てるのは勉強とカードゲームだけだし、いじめっ子に一人で立ち向かう力もなかった。……でもお前がいつも助けてくれるようになってからいじめられなくなったし、俺もぼっちじゃなくなったんだよな。本当に感謝してる、ありがとな蓮司」
改めてそんなことを言われるのは、本当に照れくさい。頬が熱くなったのを隠すように、俺は明後日の方向を向いた。
「あーいやーまー……と、とにかく。お前も今は東京務めなんだろ。俺も一人暮らしじゃなくなるし、仕事もお互いあるし、気軽に会うのは難しくなるかもだけど……たまには新居に遊びに来いよ月夜。あいつも、お前なら歓迎するだろ」
「ははは。気持ちはありがたいけど、遠慮するわ。もうお前は俺じゃなくて、あの子のヒーローだからな。俺のヒーロー横取りしおってからに!って嫉妬向けない自信ないぜー」
「おいおい、嫉妬深い男は嫌われんだぞ」
そう。俺がここから引っ越す理由は一つ。小さな一戸建てを立てて、もうすぐ“彼女”と二人で暮らすことになるからだ。
来月、俺は結婚する。
だからこの、大学の頃から住み慣れたアパートとも、もうすぐおさらばというわけなのだった。
「そうだ、凄く申し訳ないんだけどさ」
唐突に、月夜が眉を下げて言った。
「蓮司の結婚式。どうしても都合つかなくて、行けそうにないんだわ。悪かったな。正直それで、前祝もかねて今日遊びに来たっつーのもあるんだわ」
「ありゃ、仕事か?しょうがないな」
「おう。ご祝儀は出すからさ、お前は精々幸せになりやがれ」
彼は酒好きなのだろうか。さっきから、手元の缶を開けるペースが早い。だいぶ顔も赤いし、酔いも相当回っているように見えるのだが。
少しの疑問は、彼がレモンのチューハイを開けて俺に渡してくれたことで、あっさりと吹き飛んでしまった。
「それでは辻蓮司クンの結婚を祝してー……カンパーイ!」
「お、おう!乾杯!……ってこれ最初に飲む前にやらないと意味ねーじゃん!」
「あっはっは、確かに!」
何故、彼が引っ越し前に突然家を尋ねて来たのか。
何故、新居に来るのを遠慮すると言ったのか。
そして。
『今の俺はどうだよ、少しは強そうな男になったか?お前がびっくりするくらいにはよ』
彼がどんな気持ちで、あの台詞を口にしたのか。
彼が帰った後、彼が残して行った手紙を見て俺は泣き崩れることになるのである。
今更何か、出来ることがあったわけではないかもしれない。それでも思わずにはいられなかったのだ。
枯れた花の名前を知るには、あまりにも俺は遅すぎたのだと。
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