2人が本棚に入れています
本棚に追加
/134ページ
「――アニェス。起きたのか?」
そう笑い掛けると、彼女は持っていたグリズリーマグナムを取り落として、その場に崩れ落ちた。
「――私、また――ユウを殺そうだなんて。――そんな」
そう言って、彼女は顔を両手で覆った。
とにかく慰めようとして、起き上がれない自分がいることに気が付く。
仕方なく、俺は口だけ動かすことにする。
「――仕方ないさ。でも、もとに戻ってくれて良かった。あのままだと本当に死ぬとこだったからな」
そう軽く笑うと、彼女はこちらに寄ってきて、俺を仰向けにした。
何をするのかと思ったが、アニェスはその場に正座して、その膝に俺の頭を乗せてくれた。
いわゆる膝枕というやつだ。
しかし彼女の身体は鋼鉄で出来ているからか、寝心地はあまりよろしくない。
だけどその気持ちだけで十分だった。
アニェスは膝枕をすると、その手のひらで俺の髪を撫でてくれる。髪の毛を梳かれる気持ち良さに飲まれないうちに、俺は言葉を紡いだ。
「ここから出よう、アニェス」
その言葉はホールに反響して、静寂に包まれていたこの場所を揺るがせた。頷いてくれるかと思っていたが、アニェスはしかし首を横に振る。
「ごめんね。私はここから出られないの」
「躯体を持ち出しても暴走するっていうのなら、あの脳みそ自体を持ち出せば良いんじゃないか?」
「ううん。あれは強奪されないように、厳重にロックがかかっている。そもそも固定したら二度と取り出せない仕組みになっているんだよ」
そんな馬鹿な。
それだったら、本当の意味でアニェスを連れ出すことは不可能じゃないか。
「何か方法はないのか? 何だってやるぞ」
俺の言葉に、だけどアニェスは首を横に振る。
「ごめんね。私はもう逃げられないの。ここからはどこへもいけない。――だからね」
急にアニェスは膝枕を止めて、俺を床に寝かしつけた。
立ち上がった彼女は、ゆっくりとこちらを振り向く。
「考えたんだ。私に何ができるのかって。私のために戦ってくれたユウのために、何ができるかなって」
アニェスは俺から離れると、後ろを向きながら言葉を紡ぐ。
「五年前のこと、覚えてる? どうして戦争なんてするんだろうって。どうして人は争うんだろうって。この世界は綺麗なはずなのに、どうしてこんなに残酷なんだろうって」
五年前。アニェスと一緒に歩いた、あの並木道。彼女は歌が好きで、俺は歌う彼女が好きだった。
「私ね、一つ嘘、吐いてたんだ。池袋に行った時、ユウはカラオケに誘ってくれたよね。でも私は調律機能がないからって断った。でも本当はね、歌えるんだ。だけどね、歌いたくなかったの。殺戮兵器として開発された私が、歌なんて歌って良いのかなって、そう思っちゃったの」
兵器として被験体にされた、悲劇の少女。彼女は歌が大好きだったが、歌うことに罪悪感を抱いてしまった。
「でもね、気付いたの。私こそが歌を歌うべきなんだって。人を殺す殺戮兵器が、平和の歌を歌う。自分の運命に抗って、平和や愛を歌う。そうすれば、みんなにとって大きな勇気になるのかなって」
アニェスは立ち止まって、こちらに振り返った。
その表情は、どこか穏やかで。
「だからね、私は歌うよ。みんなのために。何よりも――ユウのために」
彼女は姿勢を正すと、とびっきりの笑顔をこちらに向ける。
「聞いてください。この五年間で私が作った、ユウの歌です」
最初のコメントを投稿しよう!